住めば都も、遷都する2018/9/8

住まいの専門家でない限り、間取りや広さは気にするが、天井の高さについては意外に無関心なものだ。でも、実際は、私たちの暮らし方や気分に大きく影響する。ちなみに、居室の天井の高さは、建築基準法施工令第21条で以下のように決まっている。

 

第21条 居室の天井の高さは、2.1m以上でなければならない。

2 前項の天井の高さは、室の床面から測り、1室で天井の高さの異なる部分がある場合においては、その平均の高さによるものとする。

 

現実には、2.4mが平均的、最近のマンションでは、2.5mが標準になってきたとか。いまや、もっと天井の高い場合や、吹き抜けといったこともある。天井が高いと、何よりも開放感が違う。部屋の中もすみずみまで明るい。低層階であれば、外の景色との一体感がある。目の前の公園の樹木が、部屋とひとつになる。高層階だと、見下ろす街の風景や遠い山並みが、自分のものになった感じがする。夜、部屋の照明を落とせば、月や星も近く感じられる。

 

天井の高い部屋を好む人は、ホテルのロビーでも、まんなかのソファでゆったりと座っている。高級ホテルのロビーともなれば、天井は3階分以上の高さということも多い。深々とソファに身をゆだねて、ロビーを訪れる人々を見ているのは楽しい。

 

 

でも、「ホテルのロビーのように大きすぎる空間は落ち着かない」という人もいる。こうしたタイプの人は、自宅でも天井の高さを求めない。建築家ル・コルビジェは、182㎝の身長の人が手を高く上げた時の2.26mが理想の高さと考えていた。低い天井の方が、人間のスケールに合っていると考えたのだ。

 

中原中也は、「朝の歌」という詩を「天井に朱(あか)きいろいで 戸の隙を洩れいる光」という言葉で始めている。戸の隙間、いまなら、カーテンの間から朝日が入ってきて、天井が朱色に染まったという感じだろうか。

 

天井の低い部屋は、包まれる感じがあって、気が安らぐのだろう。狭小で高さのない空間は、居室には向かない。だが、音楽を聴く、映画を楽しむ、お酒でも飲みながら時間を過ごすのに向いている。

 

ル・コルビジェは、1923年、スイスのレマン湖のほとりに両親のために小さな家を建てた。父親は引っ越して1年で亡くなってしまう。母親は100歳の誕生日まで、息子の建てた住まいで暮らしたので、いまでは「母の家」と呼ばれている。

 

「母の家」は、湖岸から4mほどに建つ細長い建築である。横長の窓が続き、湖を一望する。ル・コルビジェの建築の師であるオーギュスト・ペレは、フランス的な縦長の窓を好んだ。シャンゼリゼ劇場、ル・アーブルの市庁舎など、ペレの設計した建物には、天井の高い部屋に縦長の窓がついている。

 

一方、ル・コルビジェの「母の家」は、横長の窓である。縦長の窓のように、遠景、中景、近景といった風景の奥行きは出にくい。そのかわり、風景を絵画のように横長に切り取ってくれる。「母の家」は、天井がとくに低いわけではないが、11mも続く横長の窓のために、実際よりも天井は低く感じられ、ほっとする安らぎ感がある。

 

改装によって、部屋の間取りは、好きなように変えられる。だが、天井の高い低いは、変更が難しい。住めば都も、遷都する。天井高に心を配りながら、住まいを探すのもいい。天井の高さは、心のあり方を左右する。天井の心理学を考えてみたい。

 

 

関沢英彦(文・イラスト)

発想コンサルタント。東京経済大学名誉教授。コピーライターをへて、生活系シンクタンクの立ち上げから所長へ。著書多数。現在、ヤフーニュースなどの個人ブログも執筆中。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sekizawahidehiko/

http://ameblo.jp/ideationconsultant/entry-12291077468.html

 

 

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