甘い生活2018/8/25

今年の夏は、記録的な暑さだけはない。光も異常だった。こんな光は南の島でも降り注がない、オーストラリアでもシンガポールでも体験できないような、肌を刺すような光だった。もっと言えば、ちょっと邪悪なものを感じるような光。なんだか太陽が執拗に近づいたような気さえしたほど。

 

そのせいか、この夏は気持ちが全く落ち着かなかった。猛暑のせいだけではない、この強烈な光が、心を不安にさせてしまうから。まさに人の心は、光に大きく左右されるからなのだ。

 

例えば、木漏れ日。木の葉の作る千鳥格子のような光と影の穏やかなコントラストは、目にするだけでふわりと心が和んでいく。もちろん木の葉とともに光が揺れることによる、いわゆる1/fゆらぎの効果もあるのだろう。揺れる炎も同様だけれど、そうした自然界における不確定なリズムの揺れ感はそれだけで人を癒すと言われるのだ。

 

ただ、そもそも揺れるような光が人の心を癒すのは、光そのものの偉大さを物語ってはいないか。優しい光は人を優しくし、澄んだ光は人の心も透き通らせ、落ち着いた光は人の心を落ち着かせる。そして、安っぽい光の中では人の心もすさんでくる。

 

これは家の中でも同じ。いやそれどころか、人生における心の向きを決めている大きな決め手は、家の照明かもしれないと言いたいのだ。

 

単純に、蛍光灯の中で暮らす人は、心にゆとりがなく、なんだかギスギスしていそうなイメージなのに対して、間接照明の中で暮らす人は、心が穏やか。ランプの灯りだけで暮らす人は、ゆったりとした日々を生きている。これはイメージの話でなく、本当にそうに違いないのだ。

 

実際、家づくりの照明は、今とても進化していて、キッチンは味付け等に影響が出ないように白い光、でも食卓は食欲がわくように黄色味を帯びた光、勉強部屋は眠くならないよう、頭が冴えるように、昼間を思わせる光を配置する、というふうに、一歩先行く提案が進んでいるという。

 

確かに部屋の雰囲気を作っているのは光。そこまではわかっていたけれど、毎日の気持ちの向きを作っているのも、実はそれぞれの部屋を照らす光。場合によっては、インテリア以上に照明なのではないかと思う。

 

水の中に光を仕込んで、水の揺れとともに光がゆれる照明を、リビングに設置したことがある。天井や壁にその揺れが写し出されてとても幻想的な空間を作り出す。それはどんな家具よりも、自慢のインテリアだった。日常における贅沢で、これに勝るものはないとさえ思ったもの。言うまでもなく、浅瀬の透明な海に、光が差し込む時にだけ見える綾織のような光の揺れを思い出させてくれるからである。

 

家の中にかけがえのない自然を運んでくれるのが光なのだ。だから光はこの上ないインテリア。言うまでもなく、家々が自らの外観をイルミネーションで飾り付けるのも、申し分のない幸せの証なのだろうし、外から自分の家を見るたびに、うっとりするようなことも含め、心地よい光と一緒に暮らす人はみんな幸せ。

 

光を変えたら、生きる希望が蘇ってくるようなことも、きっとあるのだろう。大げさではなく。

だから何か日頃、心が晴れないのなら、光を変えよう。一緒に生きていく光を。

 

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

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