住めば都も、遷都する2018/8/19

昔の住まいは、色々な音が聞こえてきたものだ。踏切に近いマンションに住む友人がいた。その家を訪問すると、時々、「クァーン、クァーン、クァーン」と踏切の警告音が聞こえてくる。

 

「落ち着かないんじゃない?」と問うと「いや、かえって落ち着く。出張から帰って、この音を聞くと、わが家の実感が出る。終電が行ってしまうと音が途絶えて。ちょうど寝付くのにいい」

 

確かに日常接している音は、多少騒がしくても慣れてしまう。高速道路の脇に暮らしたことがある。クルマの走行音が波のように聞こえて。それが時間帯によって変わるのも、生活のリズムのようになってくる。電車や道路の音にも平気になる位だから、商店街の賑わいなどは、すぐに慣れてしまう。

 

海辺の住まいでは、寄せる波の音が子守歌になる。風向きによって、音の強弱が変わって。「今日は海風が強い。天気が変わるね」などと家族と話すことになる。ただ、嵐の夜は、海が吠えているようで恐ろしい。

 

 

のどかな鳥の声もいい。すずめたちが集まって、「チュチュチュ」と「朝礼」をやっている。街を歩いていると同じ電線なのに、すずめたちの集合場所になっているところと、閑散としているところがある。どういう風に、すずめの集まるところが決まるのか、不思議だ。

 

緑が多い街であれば、うぐいすの発声練習が聞こえてくる。だんだん、上手になって、やがて「ホーホケキョ」と上手な歌声になっていく。家にいながら、「がんばれ」と声を掛けたくなる。

 

カナカナカナカナ、ミーンミーン、ジイジイと騒がしかった蝉の声が消えると、草にいる虫たちの声に変わる。やがて、虫たちもいなくなり、静寂な夜を迎える。季節の巡りは、音に表れる。

 

高層階に住んでいても、街を行く人々のおしゃべりや声が上がってくるのは楽しい。もっとも最近では、超高層で、外部の音が、まったく聞こえない住まいも増えた。遠い山並み、東京湾を眺めるという視覚中心の世界である。室内に流れるのは、好きな音楽だけ。外の音は入ってこない。

 

こうした場合、地上に降りて、外に出て初めて、生活の音が戻ってくる。街の賑わい、クルマの音、散歩する犬の吠える声、子供の走り回る様など、住んでいる街をかえって新鮮に感じるのかも知れない。

 

どんな音を聞いて暮らしたいのか。そこから始まる住まい選びもあるだろう。ヨーロッパのどの都市だったか、朝、路面電車の走る音で目がさめた。角を曲がるときは、カランカランといった感じで警報を鳴らしていた。「耳」も、住まいの住人である。住めば都も、遷都する。懐かしい音を求めて転居するのも悪くない。

 

 

 

関沢英彦(文・イラスト)

発想コンサルタント。東京経済大学名誉教授。コピーライターをへて、生活系シンクタンクの立ち上げから所長へ。著書多数。現在、ヤフーニュースなどの個人ブログも執筆中。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sekizawahidehiko/

http://ameblo.jp/ideationconsultant/entry-12291077468.html

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