バビロン再訪~バブル時代のマンション物語~2018/8/13

高級マンションはどうあるべきか、そもそも「高級」とはなにか、そんな問いを携えて老建築家の銀座8丁目の事務所を訪ねた。まさにバブルがピークを迎えんとする1989年のことだ。

 

「まずはディメンションの問題だ」。照明が抑えられた、静謐さが支配する事務所で老建築家は話を始めた。

 

「マスターベッドルームの短手(みじかて)は14.5フィート(4.4m)が理想だ。通常は13.5フィート(4.1m)、最低でも10.5フィート(3.2m)は欲しい。マンハッタンなどの土地が高いところでは、例外的に9.5フィート(2.9m)ぐらいのところもあるが、それ以下は欠陥商品だ」。老建築家は断言した。

 

「ディメンションのミスは致命的だ」。老建築家は語気を強める。ディメンション(dimension)とは寸法のことである。

 

「欧米の住宅の寸法は家具のサイズからきている。マスターベッドルームは、ベッドとナイトテーブルを2台ずつ置くことができ、部屋の長手(ながて)には壁一面にクローゼットを造りつけ、服を選ぶ際にストレスを感じなくてすむように、クローゼットの扉を全開にして歩き回れる幅の動線を確保する。それらを落とし込んでいくと部屋の寸法の理想は先の数字になるというわけだ」と老建築家は解説する。

 

「クラス(★1)によって求められる住宅は変わってくる。例えば食堂だが」と、老建築家は続ける。

 

「ロウワークラスは家族の人数の分だけの椅子とカトラリーセットしか持たないが、アッパーミドルクラス以上の家は、人を招いて着座して食事ができるダイニングルームを持つ必要がある。独立した部屋で、少なくとも8~10人が座ってディナーをとるための椅子とカトラリーを備え、サーブ動線を考慮した寸法でなければならない。例えばヘンリー・キッシンジャーがハーバード大学の教授から国務長官に転身したときだ(★2)。クラスがアッパーミドルクラスからアッパークラスに変わり、当然住宅も変わった。アッパークラスになるとさらに本格的なホームパーティが可能なキッチンやダイニングが要求される」

 

「スタディ(書斎)やライブラリーもクラスが要求する機能だ。ライブラリーには定期購読しているマガジンを並べ、スタディのデスクの傍には親友が座るためのシングルシーターソファが用意されなければならない。ディナーの後、2杯目のコーヒー以降は、男性はスタディに移り、食後酒とともに友人と語り合い、女性はリビングルームでおしゃべりに興ずるというのがアフターパーティーの定石だ。リビングでする話題はペットや孫のことであり、スタディでは哲学と政治のことというのも決まりごとだ」

 

「マルチ・ミリオネア以上の家では、寝室はもちろん、クローゼットやバスルームも夫婦それぞれに設けられることが多い。いくらおばあちゃんでも女性のそれはラブリーなインテリアで飾られる。年をとったらLove MakingはBest Conditionでできるようにという、いくつになっても夫婦が生活の基本単位であるカップル文化が生んだ住まいのあり方だ」と自身の経験を踏まえてなのか、当時69歳の老建築家は時折こんな話で若造を煙に巻く。

 

 

「ここからはカルチュラルな話しなのだが」と前置きして老建築家の話は続く。

 

「住まいは豊かになればなるほど、住み手の帰属性や民族性を現し始める。アメリカの権力を握るアングロサクソンの金持ちの家はすべからく英国調になってくる。彼らはカーペットは敷かない。オークの床にマットだ。いわゆるアングロファイル(Anglofile)と称されるテイストだ。欧米のインテリアデザイナーはそれぞれ専門の文化的フィールド(民族、人種、宗教)を有している。例えば、フランス出自のデザイナーは「ルイ16世」をフリーハンドで描ける。周りがそういう風にエスニック色が強くなればなるほど、ユダヤ系はモダンに走る。日本に優れたインテリアデザイナーがいないのは、ひとえにニーズがないからだ」

 

ニューヨークと一流と政治が好きだった老建築家の話は、寸法の問題から始まり、最後はインテリアにおける民族問題にまで及んだ。

 

彼我の住宅の間に横たわる桁違いのスケールの差以上に興味を引かれたのは、彼我における住宅が意味するものの違いだ。

 

 

老建築家の話はつまるところ、アメリカにおいては、住宅はクラスであり、文化であり、民族であるという内容だ。クラスや文化や民族が住宅のフォーマットを決める。住宅において守るべき寸法、満たすべき機能、ふさわしいインテリアは、クラスや文化や民族によって決まってくるということだ。

 

「高級」とは、デラックス(Delux)やラグジュアリー(Luxury)、ましてやエクスペンシブ (Expensive) 以前に、文字通りハイクラス(High Class)という意味なのだ。クラスの裏づけのない単なる「高級」なモノは、彼(か)の地ではスノッブとして蔑まれる。

 

ひるがえって日本ではどうだろう。日本にもクラスは厳然として存在する。しかしながら、クラスが変わり、住宅が変わったという話は日本ではあまり聞かない。日本においてはクラスが住宅のフォーマットを決定しているようには思えない。日本における住宅の理想の姿は、クラスにかかわらず、おしなべてホーム・スイート・ホーム(家族団らんの住まい)のようにみえる。

 

日本のクラスレスな住宅において、一体なにが寸法と機能とインテリアを決めるのか。日本のクラスレスな住宅における「高級」とは?

 

それは、土地の値段の高さのことなのか、高価な素材を使うことなのか、外国からの借り物による豪華感の演出のことなのか、はたまた趣味の差異化ゲームによる「おいしい生活(★3)」の一形態なのか。

 

老建築家の話をきっかけに湧き上がった疑問は、昔も今も解決しないままだ。老建築家とは圓堂政嘉(★4)のことである。

 

 

 

(★1)クラスclassは階級、階層の意味で使われる。アメリカの場合はイギリスなどの階級社会class societyとは異なり、教育、職業、収入などによってクラス間の移動が可能であることを建前としている社会であり、階級より階層というニュアンスが近いといえる。通常、社会階層はsocial stratumと表現される。

(★2)ヘンリー・キッシンジャーは、1973年にフォード政権において国務長官に就任する前に、すでにニクソン政権において国家安全保障問題担当大統領補佐官の職に就いており(1968年)、老建築家が、ハーバードの教授から転身したと言ったのは、この時点のことを指したのかもしれない。

(★3)「おいしい生活」とは1982年、1983年の西武百貨店の広告で使われたコピー。コピーライターは糸井重里。ビジュアルにはウディ・アレンが使われた。

(★4)圓堂政嘉(1920-1994)。建築家。早稲田大学第一理工学部建築学科卒。村野藤吾建築事務所を経て圓堂建築設計事務所を設立。建築家協会会長。代表作に京王百貨店新宿店、山口銀行本店(日本建築学会賞)、西武春日井ショッピングセンターなど。集合住宅では目黒ハウス、広尾ガーデンヒルズイーストヒル(本稿掲載写真)、ヴィルセゾン小手指など。アメリカ建築家協会名誉会員であり、晩年にはシーグラムビルにニューヨーク事務所を開設し、東京とニューヨークを行き来していた。ニューヨークの病院で死去。

 

 

 

大村哲弥 一級建築士/ブロガー

有限会社プロジェ代表:1984年、セゾングループのディベロッパー株式会社西洋環境開発に入社。住宅・マンション事業のマーケティング・商品企画・事業企画に従事する。バブル前夜からバブル崩壊とその後のカルチャーシーンのなかで20歳代、30歳代を過ごし、不動産ビジネスに携わる。1996年、有限会社プロジェ設立。建築・住宅分野のコンサルティング・商品企画・デザイン・執筆などを手がける。東京工業大学大学院修了。一級建築士。

ブロガー:本・映画・音楽・アート・デザイン・ファッション・都市・建築・食・料理・旅・暮らし・まち歩きなどのカルチャーフィールドを横断的に渉猟・論考するブログを主宰。

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