甘い生活2018/3/30

本国ドイツでは、今なお狂人扱いされていると言うけれど、世界的にはこの人のファンが今なお極めて多い。ルードヴィヒ2世。第4代バイエルン国王。ヨーロッパ一の美貌を謳われたのもさることながら、この人がいなかったら、後世の文化芸術はもう少し味気ないものになっていたかもしれないから。

 

言うまでもなくこの人は、”お城建築オタク”だった。シンデレラ城のモデルともなったノイシュヴァンシュタイン城は、森の中の城として最も美しく、呆れるほど豪華絢爛、でもほとんど使われることがなかった最も悲しい城である。どの部屋も最大級のロマンあふれる装飾は、 まさしくおとぎ話の世界。しかし贅を尽くした大広間で、王の舞踏会は一度も行われていないし、要人を招くはずの謁見の間にも誰1人客はこなかった。

 

同じくルートヴィヒ2世が建てたメルヘンな城、リンダーホーフ城にはまるでディズニーランドのような人工洞窟があり、白鳥の間を縫って夢のゴンドラで水面を滑れるよう、大きな泉のように水が張られている。これまた有名な話だが、この王は、ワーグナーの熱狂的な信奉者であり、ワーグナーの楽劇「タンホイザー」や「ローエングリン」の世界をそのまま再現したようだ。人工の滝や波を起こす装置等は当時の最新鋭のテクノロジーを使いつつも、人間が手動で動かしていたとも言われるが、そこでルードヴィヒは1人幸せそうに遊んだと言う。

 

誰かに似ていると思ったら、 マイケルジャクソン。まさに遊園地の中に住むとネバーランドのコンセプトは、狂王のメルヘン城建設構想と、とてもよく似ている。マイケルが最期を遂げたロサンゼルスの住まいもフランスの古城のようだったと言われるから、彼らには様々な共通点があるけれど、音楽と美しいものを溺愛した、傲慢なほどの美意識こそ彼らに共通する絶対のメンタリティ。コントロールが効かない耽美主義は、必ず自分の家をお城にしてしまうのである。

 

ちなみに、メイクアップアーティストIKKOさん宅も、華道家の假屋崎省吾さん宅も、ほとんどお城。美しいものに浸りながら溺れながら生きたいと言う、文字通りの耽美的な生き方を望む芸術家たちは、皆このパターン。ルードヴィヒ2世がワーグナーに対し傾倒し、国を滅ぼすほどの崇拝ぶりを見せたのも、本人が芸術家ではなかったからなのか。ワーグナーの楽劇だけを上演するバイロイト祝祭劇場も王の援助なしには建たなかったし、彼はワーグナー宅を訪ね、ここに住みこんで、写譜などを手伝う書生にしてほしいと切望したらしい。「私はこれからあなたのために生きます」とまで言ったとか。いずれにせよ、気も狂わんばかりにワーグナーとワーグナーの音楽を愛したことが、国を収めること以上に、倒錯的に美に浸る享楽人生を選ばせてしまったのだ。

 

そんなルードヴィヒ2世に、私自身も一時期ハマり、彼が創造した世界を旅して回ったことがあるが、彼がこれほどまでに自分の住居にお金をかけたのも、ただの贅沢からではなかったことに確信を持った。もしそうなら、もっと人々に見せびらかしたに違いないから。そうではなくて、ただただ美に浸りたいだけだったのだろう。そういう生き方、すんごくわかる。できるなら自分だって、そうありたいと思うから。たまたま無限大にお金を使えてしまう立場の人間だったからこそ、あんな冗談みたいなお城ができてしまっただけ。美しさに心惹かれるのは、それがただ美しいから。「山に登るのも、ただそこに山があるから」と同じなのである。

 

女は、どこかでみんなお城に住みたいと思っている。大人になるにつれ、それがバカげた夢に思えてくるのかもしれないけど、でも美しいものに浸りながら生きたいと言うのは、人間の尊い本能の1つ。ブランド物で身を固めたいと言うのとは意味が違う。もっとずっと魂レベルの高い願望なのだ。

 

どうせ罪深いほど贅沢な城など建てられないのだから、せめてもお城に住む夢を生涯持ち続けたい。そうでないと、人生うっかり住まいが二の次、三の次になりかねない。そうすると必然的に、詫びしく貧しい人生になってしまいかねないから。人間やっぱり大なり小なり、住まいの通りの人間になる。住んでいる家とよく似た人間になっていく。ならばせいぜい大きくゴージャスな家を夢見続けよう。

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

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