甘い生活2018/2/27

女性誌の編集者の頃、「パリ特集」で、パリジェンヌの住む部屋を何軒か取材させてもらったことがある。 その時、インテリア本には絶対に乗っていないリアルな教えに、随分と心動かされたもの……。

パリの住宅事情は良いとは言えない。日本以上に”ウサギ小屋”、とされるほどの狭小住宅がとても多く、それでも常に需要が供給を上回っているから、販売価格や家賃も決して安くはない。だから、貴族だと言うマダムのレジデンス以外は、やはりどの部屋もちょっと驚くほど狭かった。
しかしながら、全然哀しくならない。侘しい気持ちにならなかった。少なくとも、日本の部屋の狭さとは違う。何というか住む人たちに、狭さに対する抵抗や諦めを感じないからなのだ。

 

こんなに狭い部屋に住んでいて、住まうことに喜びなんて感じられない、感じられるわけがない……日本では狭い部屋に対し、多くがそんな思いを持っている。いつか広い家に住めるようになったら、こうもしたい、ああもしたいと、今ある欲求不満を全てその夢に託している。そういう意味で、今は”仮住まい”みたいなもの、という投げやり感が見えるのだ。

さもなければ、あーもっと広い家に住めれば、時々死にたくなったりはしないのに、と思う人もいるのかもしれない。それに比べて、パリジェンヌは部屋の狭さをネガティヴに感じていない。とても単純に、インテリアがお洒落だからなのだが、どのコーナーにも、どの壁にも、キッチンの隅々までに神経が行き届いているあたりに、諦めはまるで見えないのだ。

 

家って、ちょっとでも諦めるといきなり生活感が押し寄せてくる。そこでまた、あーあと力を抜くと、家中に生活臭がはびこってきて手がつけられなくなる。おそらくパリジェンヌたちは日々部屋から、意識的に生活感を追い出すことが習慣になっているのだろう。
ただ彼女たちはそんな必死には見えなかった。こうやって他人に部屋を見せるために、あわてて部屋を整えたようにも、また日々一生懸命生活臭と戦っているようにも見えなかったのだ。
じつは、取材した5人の女性のうち、なんと3人が同じこと言った。「ただただ好きなものに囲まれて生きたい」と。

 

ある人の部屋には親指大の小さなオブジェが無数にあった。大きなコンソールや丸テーブルにそれが所狭しと並べてあるのだ。その人が世界中で買ってきた自慢のコレクションであると言う。こんなにたくさん……と目を見張るっていると、「でもこの3倍はあるのよ。飾りきれないのが」。
ただ、納得できた。コンソールいっぱいに並べられた置きものがどれ1つとして埃をかぶっていない。普通、一体埃ってどこから来るのか、気がつくと見事に埃をかぶっているもの。いつもその一つ一つに神経を巡らせていないと、すぐに埃が溜まるのだ。でも、埃1つ見えない置きものたち、それらは、その3倍はあるという、しまわれた置きものと、常に入れ替えが行なわれていたに違いない。自分の選んだとっておきの置きものを飾り、とっかえひっかえ入れ替えて、常に眺めていることが喜びで、それが彼女にとっての暮らし方なのだろう。だから埃がたまらない。そして狭い部屋が哀しく見えないのだ。

 

そう、おしゃれに暮らすパリジェンヌにとって、家は寝泊まりするところでは無い。その前に、自分の小さな美術館なのだ。自分のコレクションを丁寧に飾る場所。そしてそのコレクションを部屋が許す限り、どんどん増やしていくことが彼女にとっての1つの生きがいなのだろう。
取材したほぼ全員の家が美術館だった。なかでも最も大きな家は、それこそ、うっとりと日常を忘れてしまうような美術館だった。築100年を超えるような重厚な建物に、現代美術が意外によく映える。いや、無差別に集めたものではない、この家のこの場所には、この作品でなければと言うような見事なアレンジでそれは飾られていたのだ。それは、広い家だけじゃない、どんなに狭い部屋であろうとそこを自分のお城にするための、揺るがぬ決め手だったのだ。

 

自分の部屋が好きかどうか、それは人それぞれ見解がまるで違う。好きなものに囲まれているどころか、気がつけば生活臭い、わざわざ格好悪くデザインされた必需品だけに囲まれていて、生活には便利だけれども、好きと言う気持ちなど微塵も生まれない、という人もいるのだろう。だから早く別の家に引っ越したいと思っている人が。
でも、自分の家が嫌いって、やっぱり不幸なこと。狭くても古くても、今から自分の好きなものだけをきれいに並べれば、家はたちまち自分のお城になる。多分、大好きになる。それをリアルに教えてくれたのが、パリジェンヌの家だったのだ。
フランス人は“あまりお金をかけずに生活を楽しむ天才”と言われるけれど、家を好きなものだらけにするのは確かに生活を楽しむ第一歩。だって、どんなに狭い部屋でも、帰るのが楽しみになるのだから。

 

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

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