甘い生活2017/12/15

葉山マリーナのすぐ側に、道路に面して素晴らしい”犬部屋”の見える家がある。犬小屋ならぬ犬部屋……。家具も何もなく、いつ見ても同じワンちゃんがいるから、そこは犬部屋なのだろうと勝手に判断した。

天井の高い広々としたガラス張りのその部屋では、ラブラドール・リトリバーが悠々と寝そべりつつ、こちらを見ている。一見ペットを展示しているような趣なのだが、よく考えると逆。ワンちゃんが通行人を眺めている。きっと飼い犬が退屈しないようにその場所を彼にあてがったのだろう。

もちろんそのぐらいの場所をゆとりで持てるわけだから、ちゃんと豪邸なのだけれど、ツンと取りすました、門構えがやたらいかつい家よりも、もっと幸せで豊かな人たちがそこに住んでいるのだろうと、通りかかるたびに思わされる。

 

昔、まだ犬を飼っていない時、全開にした窓から犬が”ハコ乗り”している車を見て、なんと幸せなそうな家族なのだろうと思ったもの。そう、犬が偉そうな家は、幸せそうに見えるのだ。

 

不思議なもので、いかに賑やかな大家族であっても、それだけでは生まれない特別な空気を、とても華やいだ空気と言うものを、”家犬”は持っている。ハリウッド映画のファミリーを描くコメディーには100%大きめの犬が飼われているように。言うまでもなく今は空前の”猫ばやり”だけれど、家の空気を丸ごと変えるのはやはり犬なのだ。

 

もちろん逆に、犬が虐げられている家は、必要以上に殺伐とした悲しい気配が支配する。あくまでも、犬自身が幸せそうな表情をしている家でなければダメなのだ。
それも、犬は極めて敏感な生き物。家族一人ひとりの心の向きを、あるいは人間本人たちよりも素早く正確に感じとる、極めてメンタルの生き物だから。険悪な空気も見事に感じ取り、悲しい顔をする。犬は神が人間に与えた宇宙人と言う説もあるけれど、それ本当かもしれないと思ったりするほど、人の心を読み、家の中の人間関係性を良くしようと、奔走するのである。

 

つまり、幸せな家族に囲まれていれば、彼ら自身が幸せに見える。いわば彼らは、家族の関係をそっくり映し出すカガミ。だからこそ彼らの放つオーラが、家の空気感を作るのだ。

家の住人たちは気づかないかもしれないが、端から見るとそれがはっきり見てとれる。温度のような幸せ度という数値が測れるほどに。同じ間取りに同じ壁紙、そこにたとえ同じ家具が置かれていたとしても、それぞれの家は全く違う体温を宿しているものなのだ。もちろんその温度を作るのは家族たち自身なのだけれど、それをどこか客観的に映し出すのがペットの犬。

 

かつて、あの白亜の殿堂ホワイトハウスも、”一軒の体温ある家”であることを知らしめたのは、オバマ大統領が飼っている2匹の黒いウォータードッグだった。一方、ホワイトハウスの緑の芝生を転げ回る犬たちとは対照的に、穏やかに物静かに一家族の空気を伝えてくれた犬もいる。

赤坂御所のほのかな温もりを身を持って描き出したのは、皇太子一家が飼っている柴犬。利発そうなその目が、いろんなものを映し出している気がして、なんだか心を奪われた。犬の表情はその家の空気の温度をそのまま伝えるているのだ。

 

だから家づくりにおいて1つの理想は、犬がとても幸せそうに見える家。偉そうなくらいに堂々と、存在感を煌めかせている家。犬は人につき、猫は家につく、と言うけれど、また別の意味で”犬は家の守り神”なのである。

 

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

 

写真:酒井久美子 フォトグラファー

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