LIFE IS BEAUTIFUL!!! 山田英幸のもの・ものがたり2021/7/10

好きなものだけに囲まれて暮らしたい。

毎日の暮らしを、わがままに、自分好みに美しく整えたい。

そのために必要なのはたっぷりのお金!!

ではありません。

ちょっとしたアイディアや工夫、少しの手間、そして何より一番大切なのはどれだけそのものを愛せるか、ということ。

 

身のまわりのものを愛する、ということは、暮らしを愛する、ということ。

それはつまり、人生を、自分を愛する、ということだと思います。

ちょっとしたことで、暮らしはもっと美しくなる。

人生も、もっと美しくなるのではないでしょうか。

 

戦前か戦後すぐくらいのガラスの盆とコースター。 「田中一村のお盆」と呼んでいますが、もちろん田中一村ではありません。

 

今年は梅雨が遅く空梅雨かと思っていましたが、ここのところ急に豪雨も多くなり、梅雨のレベルを超えた自然災害なども起こっています。

(豪雨により被害を受けられた方々にはこころよりお見舞い申し上げます。)

今年は特に、東京ではオリンピックの騒ぎなどもあり、例年よりも厳しい夏が来るだろうと覚悟していますが、それでもこのように毎日雨だと早く梅雨が明けてほしいと待ち望むようになってきます。

 

そんな時、気持ちだけでも涼しくなるように、衣服の衣替えと同じように、器も衣替えをします。

通年使う器ももちろんありますが、特に夏には夏らしい器を使いたくなり、戸棚の奥からまた取り出してきます。

 

「夏の器」の筆頭といえば、やはりガラス。

明治・大正の粋人たちは懐石料理にもバカラなどのガラスを取り入れました。

当時、バカラの道具は家一軒普請できるくらい高かったといいます。もちろんそんな贅沢にはとても及びませんが、それでもそんな器を少しずつ集め、楽しんでいます。

 

オーバル形の古いバカラの器に、トマトとイチゴのサラダを。 きれいな色の料理が映えます。

 

この時代(1930年代以前)のバカラはプレスグラスも作っていて、これも底にBACARRATの刻印が入っています。 カットグラスと違いそんなに高価でもないです。

 

同じ器を和菓子に使うとこんな感じ。京都亀廣永の「したたり」。

 

いかにも夏の懐石に似合いそうな輪線の鉢。古い箱に入っていました。 バカラかもしれない、などと期待をしたのですが。

 

この鉢にはイチジクの白和えを盛りました。横から透ける感じがまことに涼しげです。

 

以前も書きましたが、バカラという西洋のブランドから日本の茶の世界に会うものを選び取り、多大なお金とエネルギーをかけ輸入、そしてそれを日本の生活に取り入れた先人たちの慧眼と努力にはつくづく感心します。

茶の世界が持つ、進取の気性やオリジナリティを尊ぶ精神、そしてもしかしたら「見栄」があったからこそ成し遂げられたのでしょう。

 

こちらは正真正銘のバカラ。 人形町「壽堂」の「流れ星」という銘のお菓子を。お薄も氷点てです。

 

夏の器の二番目は「染付」です。

骨董を集め始めたころは、ご多分に漏れず「伊万里」を集めていました。

伊万里といっても色々あるのですが、僕が特に惹かれたのは「藍九谷」と呼ばれる17世紀中盤頃の伊万里です。

まだ大陸の味が少し残っていて、その後の柿右衛門・藍柿などよりはダイナミックは強さがある。そんなところに惚れたのです。

もちろん17世紀ごろの古い伊万里はかなり高価です。完品の5枚組などはなかなか買えませんので、一枚二枚と、しかもちょっと傷があるようなものを買っていました。

 

伊万里は初心者向けなどという人もいますが、やはりブルーアンドホワイトのさわやかの色は食器として最強です。料理をおいしく見せてくれるので、もちろん一年中使うことができますが、やはり夏という季節が目にもいちばん涼しく、使っていてうれしいものです。

 

イギリスの銅版転写の器など外国の器にも、ブルーアンドホワイトのものがたくさんありますが、なぜか季節感をあまり感じられない。

もちろん、通年使用することを念頭にデザインされているのでしょうが、やはり「季節」というものに対する感覚が違うのだと思います。彼らにとって季節は「ともにあるもの」ではなく、単なるオケージョンの「ベース」にすぎないのかもしれません、

 

藍九谷と呼ばれる伊万里。三角の器形に合わせて、水無月を載せてみました。

 

そもそもは向付だと思います。まわりの唐草などにまだ古い時代の様式が。 茶碗に見立てたのは二階堂明弘さんの焼き締めの小鉢。

 

だいぶ時代は下がりますが、江戸後期ぐらいの伊万里の碗。 青い紅葉に流水文が涼しげで、やはり夏にこそ使いたい。

 

茗荷、大葉、じゃこ、コーンなどの混ぜご飯。夏の味。

 

これも江戸時代の伊万里の蓋碗。白い部分が多くてさわやかです。

 

大根菜飯を。右のお椀には南瓜の味噌汁が。

 

蛸唐草もやはり夏にこそ使いたい。籐の茶托、サンゴの箸置きで夏らしく。

 

さて、夏の器の三つ目は「土もの」です。

焼き締めの器、釉薬のかかってない器。

備前などの茶色い色合いは、ややもすれば秋にこそ似合いそうですが、使う前にどぶんと水に漬けてたっぷり水を吸わせた土ものの器は、文字通り「水も滴る」涼しげな風情があります。

 

愛知県で中世に焼かれた雑な器があり、その失敗作が窯場に捨てられていたものを後世掘り出したものが「山茶碗」と呼ばれるもので、ワイルドでモダンな味わいがあり、好きでよく使っています。

これも一年中便利に使え、シンプルでモダンなので何にでも合うので重宝していますが、やはり夏にこそふさわしい。

作られていたのは平安末期から鎌倉、とかなり昔なのですが、そんな古い時代の骨董が比較的安く買えるのがうれしいし、現代の生活にも会うシンプルさをもっています。おすすめの骨董です。

ご自身もアンティークに詳しいファッションデザイナーの神戸真知子さんがほめてくださったものこんな山茶碗です。

 

荒い土が爆ぜてごつごつに。灰が降って自然釉になっています。 そんな荒々しさが魅力。これはいんげんの和え物を盛って。

 

仕覆も作りました。

 

不注意で割ってしまった別の山茶碗は、錫で継いでもらいました。 いい景色になりました。

 

その茶碗で、名古屋の初夏の味「美濃忠」の「初かつを」を。

 

ほかにも、東南アジアの器はやはり夏が似合うと思いますし、夏にふさわしい柄が描かれた「夏用」の器も数多くあります。

日々食事をしたり、お茶を飲んだりするだけなら、季節ごとに器を変える必要はないと思いますが、日本人特有の「季節とともにある暮らし」、季節を楽しみ、喜ぶ心持には、季節にふさわしい器があるとよりいいのだと思います。

季節を、自然を、敵視し抑え込むのではなく、受け入れて共存する。そして工夫して季節を楽しむ。

そんな昔ながらの、自然を敬いともにあろうとする日本人本来のあり方を見直したいと思うのです。

今年の夏は一度しかないのですから。

 

安南(現在のベトナムあたり)の茶碗。平茶碗としてこの季節に使っています。 もちろんフォーなどにもピッタリ。

 

別の安南の茶碗。下の皿は李朝。

 

外国ものとしては珍しい、季節感のある器。 でもやはり、季節そのものというよりは「バカンスでレモネードを飲む」といった「オケージョン」に密着した器なんだと思います。 「Mary Gregory」と呼ばれるグラスです。

 

 

 

最後に。

 

2017年8月に始まったこのブログの、いよいよ今回が最終回になります。

いろいろな理由により「マンションライブラリ」のサイト自体がリニューアルされることに伴って、なのですが、思えば4年間計60回の長きにわたりこのような拙文をご愛読いただき、本当にありがとうございました。

 

「もの・ものがたり」と題したこのブログ、昨今の「断捨離ブーム」に対抗するようなつもりで始めたのは確かです。

「ものより思い出」といった、物質よりも精神的な充足のほうが上位である、といった考え方には確かに一理あると思います。

「もの」の管理には非常に労力を使うのも確かで、そこを省力できればより自分のやりたいことに注力することができる、それも確かです。

みんな、身のまわりにあふれる「もの」たちに食傷しているのでしょう。

 

でも、だから「もの」を減らせばいいのか?

それとこれとは話が別のように思います。

 

「もの」は暮らしを豊かにしてくれます。

と書くと、終戦直後の話のようですが、昔の「豊か」とは違います。

 

今の「豊か」とはどういうことか、、、、?

現実の世界からより大きな世界(未来だったり、過去だったり、知らない土地だったり、思い出の人だったり・・・)へ思いをはばたかせるための「よすが」になる、ということです。

たんに便利に使うために「もの」を所有するというのとは違うのです。

 

僕は一人暮らしに必要な量以上の膨大な「もの」を持っていると思います。

たとえば、食器にしてもできれば5客、6客買い揃えたい。

それは普段の自分の暮らしに使うだけではなく、たまにはお客さんを呼んで楽しい食事会をしたい、いつかはお店をやるのもいいし、自分でやらないにしろ、プロデュースしたり貸したりできるかもしれない、、、そんな夢を持っているからです。

和菓子の包み紙を捨てずに取ってあるのは、それをくれた人、食べた時のことを思い出すためだけではなく、たまに見てデザインのアイディアを思いついたり、いつか例えば、外国の美術学生などに「日本のデザイン」の資料として見せることができるかもしれない。

そんな「夢」があるからなんです。

 

「もの」には「夢」があり「未来」がある。

 

それがぼくが「もの」にひかれ、ものを持ち続ける理由なのだと思います。

 

とはいうものの、どんどん年を取り自分に残された未来も夢を実現できる可能性もどんどん減ってきています。

そろそろ(断捨離ではなく)整理しなくてはいけないな、と思うことも多々あります。

しかし、このブログを読んでくださったみなさんには、「もの」にはそういった便利以上の意味がある、ということを知っていただきたかった。
「もの」をただ減らせば幸せになれるのか?

僕の答えは「NO」です。

 

マンションを買い替えて、これからもずっと「もの」とのいい付き合い方をしていきたい、そんなことを思っていただけたならうれしいです。

 

 

R50ブログ自体は、サイトリニューアル後もアーカイブとして閲覧できるそうです。ぜひたまには覗いてみてください。

新しい「マンションライブラリ」にもご期待ください。

 

僕自身も、このようなことを発表できるどこか新しい場を探しています。

それをお知らせできる日も遠くないかと。

長い間ご愛読ありがとうございました。

 

2021年7月

山田英幸

Instagram:hideyukiy123

 

 

 

山田英幸

幼い時から美しいものが好きで、長年にわたり骨董・アンティーク・古裂・ヴィンテージテキスタイルなどを収集。

また手仕事も得意で、洋服、帽子、人形、テディベアなどを制作するが、1990年頃「究極の手仕事・仕覆」に出会い、現在も制作を続けている。

西麻布「ルベイン」「銀座松屋」などで仕覆展示会開催。

自称「手芸の国の王子様」。

 

とにかく、「もの」が好き。それにちょっとした工夫や手仕事をプラスすることで、身の回りを美しく、毎日を楽しくしたいと思っている。

愛知県名古屋市生まれ。現広告代理店クリエイティブディレクター。

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