暮らしのヒント2021/6/15

六月を「水無月」と呼ぶ。暑さで水が涸れるところから、「水無月」とか、田植えが終って農事が一段落したことから「皆仕尽」など諸説ある。だが、旧暦ではちょうど梅雨が明けて、真夏の暑い太陽が照りつける現在の七月に当たるため、旧暦の情緒ある月名をそのまま当てることに無理があり、新暦との違いをもっとも実感する月だと思う。そろそろ旧暦をそのままあてるのではなく、またいまの気候変動を加味した新たな暦を考える時期だと強く思う。

 

北野天満宮  撮影:編集部

 

さて、緯度が南北に長い列島の梅雨入りはまちまちだが(北海道はそもそも梅雨がないし)、梅雨の曇よりした空は、一年でもっとも昼が長く、太陽も高い位置を通る「夏至」(21日月曜日)の陽熱を寄せつけない。この頃は夜に月の出ない日も多く、曇った夜空を「五月闇」とも呼ぶ。太陽や星の光が恋しく(ここでは不二も)一年の半分が過ぎようとする季節である。

 

天橋立の籠神社  撮影:櫻井 恵

 

今月30日は残り半年もつつがなく暮らせるようにと、各地でお祓いが行われる。祓えとは、知らぬ間に心身についた穢れや災厄などを取り除く神道に見られる神事で、宮中や神社では罪や穢れを厄払いするため年二度「大祓い」が行われる。一年の晦日に行う「年越しの祓い」に対し、六月の晦日を「夏越の祓い」といい、疫病を免れた蘇民将来の故事にならって行なう「茅の輪をくぐり」は、この時期多くのお宮さんで(ときには料理屋さんなどでも)見られたかたも多いと思う。701年大宝律令により、宮中の正式な行事に加わえられた由緒ある年中行事で、本殿や鳥居の下に、「茅の輪」と呼ばれる茅で組み上げられた大きな丸い輪が設えられる。参拝者は「水無月の夏越の祓いをする人は、千歳の命延びというなり」と唱えながら(正式はそれほど意識せずとも良いと僕は思う)正面から左へくぐって、もう一度正面から入って今度は右側へと、∞を描くよう三度くぐるのである(こちらはきちっとその通りに)夏越の祓いを「輪越祭り」という所以である。

 

八坂神社  撮影:編集部

 

長い日本の歴史は、今のコロナ禍のような疫病との戦いだった。これまで書いてきた節分や節供などの年中行事も同じように季節の折り目と、疫病退散が大きな眼目だった。『日本書紀』に、「崇神天皇の五年、国中に疫病が蔓延し、死者は国民の半数に及んだ」と疫病流行の初出がある。この原因が三輪のカミ大物主の祟りだったとされ、宮中にきちんと祀れば治まるとのお告げがあった。大物主の「モノ」とは、物の怪であり、生命を脅かす目に見えない悪霊、つまり今の新型コロナウイルスと同意である。「モノ」は邪悪なカミ「鬼」であるとも考えられ、まさに祓えの行事はそのために行なうもので、正月に「屠蘇」を飲むのも、鬼を屠る、つまり病を殺す薬で、さきの端午の節句も然り、菖蒲や蓬を門に吊るして邪気を払う行事が祭りへと発展していった。その典型である京都夏の風物詩「祇園祭」も疫病を流行させる行疫神・牛頭天王を鎮める祭りとして始まった。それは次回詳しく述べたいと思う。

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

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