暮らしのヒント2021/5/21

再びの緊急事態宣言延長により、相変わらずのSTAY HOMEは、旬を繫ぐことで実はあまり苦もなく過ごしている。ゴールデンな季節、鮮やかな新緑は一年で最も気持ちのいい季節だが、例年通り富山のホタル烏賊に舌鼓、それから2週間程度産地違いの好物空豆を頬張る毎日だ。さて、次の旬それが今回のテーマの「鮎」である。

 

「鮎だより」

 

毎年梅雨の頃になると、京都の平野屋さんから「鮎だより」が送って来る。小田原提灯というのだろうか、少し長めの折りたたみ式の提灯に、朱の鳥居が描いてあり、その下に「平野屋」と書き、鮎だより申し上げます、と記してある。ああ、今年も鮎の季節になったナ、そう思ったとたんにそわそわして落ち着きがなくなる。ただの葉書か広告であったなら、捨ててしまうかも知れないが、心のこもった趣向がうれしくて、何となく鴨居の隅にかけている間に提灯が十いつくもたまってしまった。今年は運よく仕事があったので、「鮎だより」を貰うとすぐ京都へ飛んで行き、昨夜帰宅したばかりである。

白洲正子「鮎だより」

 

 

荘川の鮎①

 

食の印象、好みというのは遺伝の習慣性が大きいと、年を経るごとにその感じが強くなってきている。祖母と最後(1998年)の京都旅行でも真先に前述の平野屋に、いまはもう社会人となった愚息と並んで塩焼きをお代わりしていたことを思い出す。「年をとると、平野屋さんで鮎を食べるのも、これが最後ではなかろうか」と祖母は書き残しているが、年に一度そんな心構えで旬に向き合うことの大切さを、その生き方が語っていたと、これもまたつくづく今思う。

 

荘川の鮎②

 

鮎は古事記に「年魚」とも記され、神武天皇の即位式や、神功皇后が戦運を占ったことから「鮎」の字を当てるようになったという。鮎はまた「香魚」とも呼ばれるが、釣れたばかりの鮎は、西瓜を割ったような香りがすることを、鮎の友釣り(鮎には縄張りがある生態を利用し、囮の鮎を使い攻撃してきたところを引っ掛けて採る日本独特の方法)に何度か同行することで知った。食べ物の匂いはそのまま国の文化であり、食は味覚だけではなく視覚に加え、嗅覚をも総動員することを鮎が教えてくれた。

 

荘川の鮎③

 

荘川の鮎④

 

僕の好みは10センチに満たない、頭から尾っぽまで骨ごとバリバリと食せる小さな奴を塩焼きに、例年6月から7月のはじめくらいまで、落ち鮎という子をもった大きなものは好みでない。清流でしか生きられない鮎は、綺麗な水草を鋭い歯で食べるので、腹の辺りが薄っすらと緑色を帯びていて、何よりは草色になったぴりりと苦い腸がこたえられない。(それの塩辛うるかもまた美味)「鮎だより」の子孫は、さきの京都(安曇川ほか)だけではなく四万十に長良川、富山の荘川に津和野の高津川…鮎を訪ね日本各地を巡ってきたが、昨年滋賀の木村水産から活き鮎が、それも程よい大きさの逸品が送られてきて、コロナ禍の欲望を満たした。今年もまたお願いしてSTAY HOMEを乗り切りたいと思う。

 

木村水産の活き鮎

 

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

 

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