甘い生活2020/11/15

リフォームを決意する人が増えている。必要に迫られてと言うことではない。言うまでもなく、この自粛生活で自分の暮らしを見つめ直したから。

 

ともかく2020年は結果として、自分の暮らしそのものを、否応なしに見直させられることになった。断捨離だけでは物足りなくなったのか、はたまた断捨離をしたからこそ、もっと根本からやり直したくなったのか、どちらにせよリセット願望が湧き出して抑えられなくなった人が多くなったのは、確かなのである。

 

実際に、早々とリフォームを終えた友人がいる。リフォームと言っても、家中の壁紙を変えたのだけ、それでも家と自分が丸ごと生き返ったみたいと、その人は言った。なぜなら、メインの壁紙として選んだのは、イギリスのウィリアム・モリスの壁紙………。しかもあろうことか、ウィリアムス・モリスの中でも、もっとも取り扱いが難しいとされる「いちご泥棒」というパターンを、リビングとベッドルームの壁に配したと言うのである。

 

小鳥たちがたわわの野イチゴをついばんでいる、そんな風景を、赤や黄色、インディゴといった複雑な色合いで、ある種幾何学的に表現、プリントに非常に手間のかかる複雑なテキスタイルで、壁紙としてはとても高価なものである。

 

ただ非常に主張が強いので、クッションにベッドカバー、アートパネルといった風に、ポイント遣いするのが普通。よほど広い部屋でなければ、落ち着かないはずだ。それを壁一面に貼ると言う決断! おそらくその家とのバランスが気になったたのだろう、担当の人が本当に大丈夫ですか? 「いちご泥棒」で本当に良いのですか?と、念を押したと言う。

 

いや、彼女自身もそれはよくわかっていた。典型的な日本の2階建てにまず英国風のテキスタイルは全く似合っていない上に「いちご泥棒」という極めてハードルの高い壁紙を張ると、ひどくまとまらない家になる事は重々承知だった。聞けば、家具も特に英国風と言うことではないらしく、収まりは全然良くないと。

 

では一体なぜ? これはもうズバリ、コロナ禍がきっかけだったという。ただ「きちんと生活をし直したいから」とか、「リモートが多くなって家時間が増えて気になりだしたから」とか、リフォームを決断した人たちが挙げるのだろう理由とは少し違っていた。この人にはまた別の考えがあったのだ。

 

そこは皆一緒だけれども、自分の人生にこういうことが起きるとは思ってもみなかった。とすればこれから先も何が起きたって不思議ではない。綿密に人生の計画を立てていたとしても、そんなものは通用しない。であるならば、いつかこうしようとか、今は仕方ないとか、そういうふうに何かを先延ばしすることをやめようと、急に思い立ったのだと言うのだ。

 

さらに言うならば、こんなに常識が変わってしまうなら、今までの常識をこれからも守っていく必要は無いのではないかと急に解放された気持ちになったと言うのだ。もちろん対人関係における常識はこれからも同じように続いていくのだろう。でも何か自分の生活において、こうあるべきとという常識はもう守る必要はないと。真っ新から自分で作り直しても良いのではないかと。
世界中が皆同じ状況に置かれているのだとしても、これは自分にとってとても大きな教えであると感じたと言うのである。

 

だから昔から憧れだった、いちご泥棒。違和感があろうとなんであろうと、自分の生活の中にそれを取り入れたかったのだと。自分の家と言う1番大切な空間で自分の夢を叶えたかったのだと。

 

でもやってみて初めて気づいたと彼女は言った。壁紙が家を作るのだということに。自分が生きている空間をそっくり変えて、大好きな世界に切り替えてくれる舞台のセット。だからもう家にいるのが楽しくて楽しくて、まるで違う家に帰ってくるような錯覚に陥るぐらい、日々が激変したという。まるで新しい人生を生きているかのように。

 

壁紙は、家の意味を変えてしまう。家は壁でできているのだから当然。壁紙一枚で新しい命が吹き込めるほど、丸ごと四角いステージなのだ。人はそこで人生を演じる。だから彼女の言葉が一つ一つ響いたのだ。

 

このコロナ禍で、自分の家が1番大切な空間だと言うことに改めて気づかされ、そこで生活を丸ごと変えることだってできるという事実にもこれまでの日常だったらずっと気づかずにいたかもしれない。ましてや、いつかは「いちご泥棒」の壁紙の家に住みたいと思っているだけなら、ただダラダラと時間が経っていっただろう。

 

いつかいつかと思っているうちに歳を重ねてしまうのが人間なのだ。でも、奇しくもコロナがそういう悪しき時間の概念を変えてくれた。いつかは、今なのだと、思い知らせてくれたのだ。

 

ひょっとしてこれがコロナによる気づきでなければ、海外にも平気で行けるパターンならば、そうだ違う国に住もうと思ったかもしれない。もっともっと大きなスケールでこれまでの自分の常識を破ろうとしたのかもしれない。そういう意味では、壁紙1枚の張り替えなんて、些細な決断にすぎないのだ。それでも彼女は、自分の世界を劇的に変えることができた。違う人生を生きているかのように。それって素晴らしい気づきなのではないか。

 

もちろん、「いちご泥棒」の世界にもいつか飽きる日がくるのかもしれない。でも、だったらまた変えればいい。だって、壁紙1枚を替えるだけなのだから。

 

 

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。新刊『大人の女よ!もっと攻めなさい』(集英社インターナショナル)、『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

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