バビロン再訪~バブル時代のマンション物語~2020/6/14

一般に住宅に対応する言葉とされるHousingには、家や住まい(HouseやHome)という意味のほかに、住居の供給という意味がある。都市計画が、産業革命後の劣悪な都市環境を改善しようとする衛生概念から生まれたのと同様に、住宅という言葉は、産業労働者のための住居の供給という意味が含意されている。

 

建築学者の松村秀一は言う。住宅とは、「家でも、棲家でも、町でも、村でもない」、20世紀が生んだ産物だ。この言葉通り、住宅はおのずと近代住宅のことを意味している。

 

住宅に欠落しているのは経済である。建築家の山本理顕は喝破した。

 

住宅は産業労働者のために発明された住まいであり、その機能は、団らん、食事、休息、睡眠、生殖、趣味、余暇、勉強など、主には労働力を再生産するための場として作られている。

 

大多数の住宅には、働くための場所や機能はない。いわゆる不動産用語でいう専用住宅だ。

 

この度の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が状況を一変させた。本来、働く場ではない住宅が突如、働く場になった。

 

出社禁止や出社自粛、在宅勤務、リモートやテレワーク、オンライン会議にビデオ打ち合わせ。急速に住宅に働く場としての役割が求められるようになった。

 

PCやWebカメラを購入し、WiFiやビデオ会議アプリを導入し、ダイニングテーブルの上を片づけ、配信画像の背景となるインテリアをそれっぽく設え、仕事モードに(少なくとも上半身は)着替えてなど、日本中でバタバタと住宅が急ごしらえの仕事空間に様変わりした。

 

新型コロナウィルス感染の拡大が収まったとしても、こうしたリモートワークの流れは変わらず、むしろ定着するだろうと言われている。

 

地球上からウィルスをなくすことは不可能であり、第二波、第三波はもちろん、将来の新たなウィルスの脅威を遠ざけるためには、普段からの密度のコントロール、つまり人と人との物理的距離の確保、接触機会の低減を図ることが、原始的だが、もっとも簡便で効果のある方法であるというのが、今回の地球規模での災禍の教訓だからだ。

 

今後、ドアノブやスイッチやボタンに触らなくとも暮らせるタッチレスをコンセプトにした建物、自然換気を取り入れた空調システム、仕事に集中できる本格的なワークスペースがある住宅、シェアオフィス機能を備えた共用施設のあるマンションなどが開発されるだろう。

 

しかしながら、新型コロナウィルスが住宅に与える影響で最も注目すべきは、住宅が仕事の場となることに気がついたこと、住宅が経済とつながったことだ。

 

職住分離、専用住宅、通勤、住宅街などの概念と実体は、決して自明のことではなく、それらは近代が生んだ、たかだが100年ぐらいに流布した概念と実体だ。ありうべき将来は、こうした「常識」の延長線上にはないかもしれない。

 

経済が排除されてきた住宅に経済が接続した。大げさに言えば、20世紀以来100年間続いてきた住宅のあり方が変わる「脱住宅」の始まりだ。

 

テレ(tele)もリモート(remote)も「遠い」、「離れて」という意味だ。果たしてどこから「遠く」、どこと「離れて」いるのか。

 

今は会社やオフィスから「遠い」、「離れて」仕事をするという意味だ。起点となっているのは会社やオフィスだ。したがって、今のテレワーク、リモートワークのベースにあるのは、あくまでも従来型の職住分離、専用住宅という価値観だ。仕事の場に関していえば、会社やオフィスが主で、住宅は従だ。

 

テレワークの動きは「脱住宅」の小さな一歩にしか過ぎない。

 

 

ところで、今回の出来事がきかっけになり、高密な高層ビルやエレベーターや満員電車に二の足を踏む人が増えたらどうだろうか。

 

あるいは、通勤という行為の持つさまざまなデメリットに改めて気づいた人や会社が増えたらどうだろうか、大半の仕事は家でもできることに気がついたらどうだろうか、住宅でマルチワークにチャレンジする人が増えたらどうだろうか、住宅を拠点に起業する、住宅でお店や教室などを始めるなどする人が増えたらどうだろうか、社員全員が在宅勤務の会社が出現するなどしたらどうだろうか。

 

そして、フリーランサーやギグワーカーや自営業や小企業などにみられる、こうした動きが大企業や一般のビジネスパーソンにも拡大したらどうだろうか。

 

日本で非常事態宣言が解除されて間もない日の朝刊の一面には、「欧州、在宅勤務が標準に 独英、法制化の動き」との見出しの言葉が躍っていた(日本経済新聞2020年6月13日)。

 

職と住の場が融合し、住宅と仕事場との間にあった主従関係が曖昧になり、住宅は本格的に経済につながる。「脱住宅」の世界だ。

 

「脱住宅」で変わるのは住宅だけではない。オフィスが変わり、都市が変わる。

 

オフィス街や住宅街という言い方が実態を失い、職住を分離してきた都市計画における用途地域規制が効力を失い、都心一極集中が分散化に転じ、昼/夜の人口密度がバランス化し、満員電車が解消され、都市はコンパクトに多拠点化し、それぞれに地域個性を際立たせていく。

 

「脱住宅」は、住宅、オフィス、都市を変え、住まい方、働き方を変え、ひいては生き方を変える。

 

「脱住宅」によって、好きなところに住めるようになるだろう。会社やオフィスという場所に拘束されず、好きな場所で暮らすことが可能になる。

 

住宅が本格的な仕事の場となれば、好きな場所に住んで働くことが可能になる。

 

都心でも、郊外でも、リゾートでも、地方都市でも、田舎でも、海でも山でも、海外でも。

 

さらには、好きな時に好きな場所に行く自由も獲得できるようになるだろう。都度都度の旅先を仕事場にする、そんな生き方も可能かもしれない。旅に生き、世界に暮らす人生だ。

 

その時にはもはや当たり前すぎて、リモートワークという言葉そのものがなくなっているだろう。

 

住宅に経済がつながったのが「脱住宅」の第一局面だとしたら、「一住宅=一家族」(山本理顕)という構図が崩壊するのが「脱住宅」の第二局面だ。

 

『「脱住宅」のすすめ<後編>』では、「一住宅=一家族」という「常識」がすでに崩れている現代をみてみよう。

 

 

 

(続く)

 

(参考文献)

松村秀一 『「住宅」という考え方 20世紀的住宅の系譜』 東京大学出版会 1999年

山本理顕、沖俊治 『脱住宅 「小さな経済圏」を設計する』 平凡社 2018

 

(★)トップ画像: Photo by しーくん from  PAKUTASO

 

 

 

大村哲弥 一級建築士/ブロガー

有限会社プロジェ代表:1984年、セゾングループのディベロッパー株式会社西洋環境開発に入社。住宅・マンション事業のマーケティング・商品企画・事業企画に従事する。バブル前夜からバブル崩壊とその後のカルチャーシーンのなかで20歳代、30歳代を過ごし、不動産ビジネスに携わる。1996年、有限会社プロジェ設立。建築・住宅分野のコンサルティング・商品企画・デザイン・執筆などを手がける。東京工業大学大学院修了。一級建築士。

ブロガー:本・映画・音楽・アート・デザイン・ファッション・都市・建築・食・料理・旅・暮らし・まち歩きなどのカルチャーフィールドを横断的に渉猟・論考するブログを主宰。

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