バビロン再訪~バブル時代のマンション物語~2019/8/15

今や日本にすっかり定着したベトナム料理。

 

日本で最初のベトナム料理レストランは、1980年に開店した赤坂の老舗「アオザイ」だそうですが、日本でベトナム料理が注目を集めたのがバブルの頃でした。

 

中国料理、台湾料理、韓国料理などの知名度に比べてはもちろん、同じ東南アジアのインドネシア料理やタイ料理などに比べても、日本でのベトナム料理の知名度は決して高くありませんでした。

 

その背景にあったのが、70年代まで続いていたベトナム戦争だったことは想像に難くありません。当時の日本は、べトナムで戦うアメリカの重要な後方基地であり、沖縄の嘉手納基地からはB52が北爆に飛び立っていきました。

 

日本でベトナム料理が知られるようになったきかっけは、1986年、バブル勃興のさなか、出来たばかりのアークヒルズの中にオープンした「A.D.コリシアム」 A.D.Coliseum というレストランでした。

 

ギリシアや古代ローマなどのモチーフが散りばめられたネオクラシックスタイルの空間のなか、ベトナム料理をワインと共に供するという、実にバブル前夜のTOKYOにふさわしい、華やかで、無邪気で、そしてとびきりおしゃれなお店でした。

 

 

ロンドンのデザイナー「ティムニー&ファウラー」 Sue Timney & Graham Fowler によるデザインです。このデザイナーコンビは、内装のほか、家具、ロゴ、制服、食器、メニューなども手掛けており、隙のないトータルデザインがひとつの世界感を作り上げていました。後に同じ六本木で「パラディソ」や「トゥーリア」などを手がける山本コテツや佐藤としひろがプロデュースとして関わっていました。

 

何を食べたか、何を飲んだかはすっかり忘れてしまいましたが、過去と現在、東洋と西洋、レトロとモダンをミックスした、いかにもポストモダンを象徴するようなエクレクティック(折衷的)で無国籍な空気感は、鮮やかに記憶に残っています。

 

日本とは異なり、フランスが植民地宗主国だったという歴史を背景に、パリには、ベトナム料理店、カンボジア料理店が数多く存在し、本国出身の料理人が腕を振るうその質と奥行は、庶民向けから宮廷料理まで、伝統スタイルからモダンエスニックまでと、驚くべき充実度を誇っています。

 

確か「A.D.コリシアム」は、パリ7区のキュズィーヌ・ヴェトナミエンヌの名店「タン・ディン」 Tan Dinhのシェフの協力を得たという話を聞いたような記憶があります。銘醸ワインとベトナム料理の組み合わせは、このレストランが始めたと言われています。

 

アジアをヨーロッパ経由のおしゃれなスタイルとしてみせる。この新鮮なコンセプトは、大いに話題になり、「A.D.コリシアム」はこぞって雑誌などに取り上げられ、日本におけるベトナム料理は、パリ経由のおしゃれなファッションのひとつとして、バブル期に受容されたのでした。

 

 

とはいえ、1986年の日本においては、ニョクマムやライスペーパーやフォーなどを知っている人は皆無でした。食事をワインとともに楽しむことすら、まだまだ非日常であり、ましてやベトナム料理をワインとともに、というスタイルはいささか早すぎました。

 

ベトナム料理が広く認知されるのは、80年代のエスニック料理ブームを経て90年代に入ったあたりからです。ベトナム人が作る本場のベトナム料理のお店がチラホラ出来はじめます。池袋「サイゴン・レストラン」(1988年オープン)、二子玉川「ジャンズ」(1997年オープン)、泉岳寺「フースアン」(2001年オープン)などもその一つです。

 

おそらくは日本で最初の一般向けのベトナム料理書、有元葉子『わたしのベトナム料理』(柴田書店)が出版されたのが1996年です。いまや著名料理研究家となった有元葉子の出世作は意外にもベトナム料理でした。

 

海と山の幸が両方楽しめる、野菜が多くヘルシー、日本の出汁にも似た優しい味付け、麵やライスなど日本人になじみのある炭水化物の一皿が充実しているなど、ベトナム料理は日本人の嗜好に合致し、広く普及していきます。

 

日本のベトナム料理店でひとつだけ残念なのが飲み物です。暑い国故、もっとも充実しているのが焼酎やウォッカのような蒸留酒です。本国で最も飲まれているのも、ビールなどよりも、こうしたもち米などから蒸留した度数の高いアルコールなのだそうです。もちろんベトナム産のビールはあるし、ウィスキーやワインなども飲めるし、香ばしい香りのベトナム焼酎ももちろん美味しいのですが、スパークリングワインやフルボディの赤ワインと合わせたいときは、やや欲求不満に陥ってしまいます。

 

そうした時は、手作りのベトナム料理でいきましょう。最近では食材も手軽に入手できるようになり、かつてほどのハードルの高さはなくなりました。なによりも、知らない国をあれこれ想像しながら、その国の料理を作る行為は、アームチェアー・トラベラーならぬ、キッチン・トラベラーあるいはフライパン・トラベラーとでも名づけたくなるような、想像上の旅行のような楽しさです。

 

次回「ベトナム料理事始め<下>」では、日本の暑い夏にぴったりのベトナム料理の数々をレシピ付きでお届けします。

 

(★)画像はすべて「A.D.コリシアム」。British Institute of Inteior Design のサイトより。

 

 

 

大村哲弥 一級建築士/ブロガー

有限会社プロジェ代表:1984年、セゾングループのディベロッパー株式会社西洋環境開発に入社。住宅・マンション事業のマーケティング・商品企画・事業企画に従事する。バブル前夜からバブル崩壊とその後のカルチャーシーンのなかで20歳代、30歳代を過ごし、不動産ビジネスに携わる。1996年、有限会社プロジェ設立。建築・住宅分野のコンサルティング・商品企画・デザイン・執筆などを手がける。東京工業大学大学院修了。一級建築士。

ブロガー:本・映画・音楽・アート・デザイン・ファッション・都市・建築・食・料理・旅・暮らし・まち歩きなどのカルチャーフィールドを横断的に渉猟・論考するブログを主宰。

 

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