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更新日:2024.11.05
登録日:2024.11.01

小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:検証編①「“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証」

小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:検証編①「“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証」

 「“紀子のアパート”を探してくれないかな、佐伯さん。」
すべては館長・井出のこの言葉から始まった。

 「いや、これは“紀子のアパート”ではないですね。広い道路に面して店舗の区画が並んでいて、その先は川?でしょうか、水面が広がっています。“紀子のアパート”はこんな開放的な雰囲気ではなくて、もっと建て込んでいるようなところなので…」「本当だ。確かに、お向かいは戸建てですもんね」
 所狭しと並ぶ同潤会アパートの模型を前に、検証を進める私・佐伯とマンション図書館スタッフ。しかし、どうにも辻褄が合わない。「もしや、内観と外観は別のところで撮影されたのか…?」日本映画界70年来の謎を解き明かす“マンション図書館”の挑戦、注目の検証編に突入!!

調査・検証内容は以下のとおりである。

===
調査編
①小津安二郎監督の傑作“東京物語”とは
②鉄筋コンクリート造集合住宅の範となった“同潤会アパート”
③“紀子のアパート”室内の特徴
④“紀子のアパート”共用部分の特徴
⑤“紀子のアパート”外観の特徴

検証編
①“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証
②”紀子のアパート”内部の検証

最後に:調査を終えて

===

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“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証

 前回(1)概論編で見てきた建物内外のヒントを手にして向かったのは、東京都北区・赤羽台にある“URまちとくらしのミュージアム”。かつて八王子市にあった「集合住宅歴史館」を母体に、旧・赤羽台団地の保存住棟と一緒になる形で2023年9月にオープンしたものだ。いわゆる公団住宅→UR賃貸住宅に限らず、集合住宅全般の歴史を辿る上で、やはり現代の“マンションの始祖”、鉄筋コンクリート造集合住宅のパイオニアである同潤会アパートは欠かせない存在であることから、同潤会アパート関連の展示も充実している。

 そこで今回は、独立行政法人都市再生機構(UR都市機構) 広報室 広報課 大西 拓己 様のご協力をいただき、展示資料をフル活用しながら、“日本映画界70年来の謎”の解明に 挑戦してみることとした。

▲“URまちとくらしのミュージアム”内に展示されている同潤会代官山アパートの復元住戸。“紀子のアパート”の雰囲気を掴む。

▲“URまちとくらしのミュージアム”内に展示されている同潤会代官山アパートの復元住戸。“紀子のアパート”の雰囲気を掴む。

 ミュージアムの同潤会アパートに関する展示は、全16か所の紹介および立体模型と、復元住戸2室の見学がメインである。ここで外観の特徴をもう一度振り返ってみよう。

① 少なくとも3階建て以上
② 屋上には階段室(少なくとも4か所連続)と洗濯物干し場がある
③ ダストシュートがある
④ ダストシュートが短い間隔で連なる
⑤ 道路向いには2階建て民家がある

▲ミュージアム内“晴海高層アパート”(1958年竣工)の復元住戸。コンクリート製のバルコニー手摺りが目立つが、当時はバルコニーや共用廊下をコミュニティスペースとして広く取る思想が重視された。同潤会アパート(紀子のアパート)の共用廊下の広さにも通じるものがある。

▲ミュージアム内“晴海高層アパート”(1958年竣工)の復元住戸。コンクリート製のバルコニー手摺りが目立つが、当時はバルコニーや共用廊下をコミュニティスペースとして広く取る思想が重視された。同潤会アパート(紀子のアパート)の共用廊下の広さにも通じるものがある。

 ミュージアムの壁面には3Dプリンターで造られたと思しき同潤会アパートの模型が並んでいる。同潤会アパートは全て3階建て以上(一部2階建ての棟を含むものはある)であるため、①は全てがクリアしている。②~⑤でもっともわかりやすいのは、上空から模型を見る形となるため、②の4つ並んだ階段室だ。まずはこれをヒントに、建物を跨いだりせずに階段室が4つ以上連続している建物の模型をすべてチェックしていく。すると、以下の4つが候補に残った。

※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて写真を模写

※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて写真を模写

 いずれも階段室が4つ以上連続している。ここから③④のダストシュートをヒントに、模型の側面をチェックしていく。“紀子のアパート”のダストシュートはかなり存在感があるもので、柱がそれぞれ独立しているような形態だ。後期の同潤会アパートになると、ダストシュートはあっても隠蔽配管のように建物内部に取り込まれるようになるので、まるで煙突のようなダストシュートがニョキニョキと並んでいるのは前期型ということになり、これは模型でもしっかり再現されている。

 すると、①中之郷・④上野下が外壁にダストシュートが見られないので候補から外れ、残りは②柳島・③平沼町の2つ。ここからはアパート周囲を含めた状況を細かくチェックしていく。

▲「今昔マップ on the web」より、「首都圏」1965~1968年/地理院地図(現在)。真っ直ぐの店舗併用棟と、コの字型住棟が3つずつ並んでいるのがわかる。見た目の良くないダストシュートが店舗側には無いので、ダストシュートがあるのはコの字型住棟側。だが、ダストシュート側に民家は見えないので、柳島ではないことがわかる。現在は「プリメール柳島」に建替えられた。

▲「今昔マップ on the web」より、「首都圏」1965~1968年/地理院地図(現在)。真っ直ぐの店舗併用棟と、コの字型住棟が3つずつ並んでいるのがわかる。見た目の良くないダストシュートが店舗側には無いので、ダストシュートがあるのはコの字型住棟側。だが、ダストシュート側に民家は見えないので、柳島ではないことがわかる。現在は「プリメール柳島」に建替えられた。

 ②柳島はコの字型住棟と、階段室が4つ並ぶ店舗併用棟の2種類があり、西側の道路に接する部分は店舗。ダストシュートが並んでいるのは裏にあたる東側で、ダストシュートの向かい側にはコの字型住棟が並んでいる。だが本編のカットでは、コの字型住棟があるはずの位置に2階建て民家が映りこんでおり、これが決め手となって②柳島は候補から外れた。

▲平沼町アパートの全体配置図。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて写真を模写

▲平沼町アパートの全体配置図。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて写真を模写

 ③平沼町の模型を細かくチェックしていく。階段室が4つとダストシュートが並んでいるのはもちろん、模型の形と地理院地図の古地図を並べてみても、長方形の一部が三角形に切り欠かれた土地の形状は一致する。階段室が4つ並んでいる東側棟に注目してみると、地図で示されているシケイン状・鉤型の道路の角と、棟の端が一致していることがわかる。

 つまり、当時の小津監督は、この道路の角にカメラを立てて、カットを狙ったのではないだろうか。試しに模型のと同じ位置にカメラを当て、下から見上げるように画像を引き延ばしてみると、本編のカットと殆ど一致したのだ。

▲「今昔マップ on the web」より、「首都圏」1944~1954年/地理院地図(現在)。まずは土地形状が変わっていないかを確認。模型と同じ三角形の切り欠きがある土地を確認できる。なお、現在は「モンテベルデ横浜」に建替えられた。

▲「今昔マップ on the web」より、「首都圏」1944~1954年/地理院地図(現在)。まずは土地形状が変わっていないかを確認。模型と同じ三角形の切り欠きがある土地を確認できる。なお、現在は「モンテベルデ横浜」に建替えられた。

▲模型のうち東側の棟を映し、さらに画角を映画本編に合わせて調整する。カメラの視点はちょうど棟の角あたりであったと思われる。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて模写

▲模型のうち東側の棟を映し、さらに画角を映画本編に合わせて調整する。カメラの視点はちょうど棟の角あたりであったと思われる。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて模写

▲地図をさらに拡大。緑色で示したシケイン状・鉤型の道路は現在に至るまで形が変わっていない。カメラマークの位置あたりからこの棟を映したのはほぼ間違いなさそうだ。

▲地図をさらに拡大。緑色で示したシケイン状・鉤型の道路は現在に至るまで形が変わっていない。カメラマークの位置あたりからこの棟を映したのはほぼ間違いなさそうだ。

▲本編のカットと、模型の画角調整した画像を比較してみても、外観の特徴が殆ど一致する。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて模写

▲本編のカットと、模型の画角調整した画像を比較してみても、外観の特徴が殆ど一致する。※実物は権利の関係上掲載不可だったため、許可をいただいて模写

 “紀子のアパート”の外観は「同潤会平沼町アパート」で確定と言えそうだ。4つの階段室が並ぶのはもちろん、階段室の位置が屋上の際より引っ込んでいること、地図上で撮影地点を推測できたこと、近隣の状況が一致することも決め手となった。以下は同潤会アパート全16か所それぞれの判定表である。

 だが、階段室が4つもあるということは、基本的に“二戸一階段”の構造である。“二戸一階段”とは階段を複数設け、その踊り場に玄関を設けた構造のことをいう。共用廊下を設置する必要が無いため、中住戸でも両面採光・通風の明るい構造にでき、また住戸1室あたりの専有面積を拡大できるのがメリットだが、その構造上、ある程度専有面積が広い部屋を並べないと、今度は階段だらけになって非効率になる。

 また、現代ではエレベーターの設置が困難であるためバリアフリー化ができないという致命的な弱点を抱えており、新築マンションで二戸一階段の構造が採用されることは無い。平面図を参照しても平沼町アパートが二戸一階段であることは間違いなく、間取りも二間以上ある世帯向き住戸のみで、トイレや台所など水回りも部屋内に設けられている。本編のように共用廊下に複数の部屋が並んでいる住棟はなく、六畳一間の設定もない。

 このため、外観は平沼町アパートで確定としても、内観は別の場所で撮影したということになる。

▲収穫と課題の両方を得て“URまちとくらしのミュージアム”を後にする。ここまでの検証は順調に進んだのだが…

▲収穫と課題の両方を得て“URまちとくらしのミュージアム”を後にする。ここまでの検証は順調に進んだのだが…

“URまちとくらしのミュージアム”についてはこちらも参照

※特記以外の画像は2024年5月筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。

※同潤会アパート関連の内容は、一部下記サイトを参考にしました。

https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=1546

https://tanken.com/tatemono/code-85/index.html#google_vignette

https://hama80s.exblog.jp/26050890/

https://blog.goo.ne.jp/chuka-champ/e/2d0dc29999eec3fa7041e9213b5d745f

https://www.a-quad.jp/exhibition/070/p11.html

佐伯 知彦

賃貸不動産経営管理士

佐伯 知彦

大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。

井出 武(マンション図書館館長)

東京カンテイ上席主任研究員

井出 武(マンション図書館館長)

1989年マンションの業界団体に入社。以後不動産市場の調査・分析、団体活動に従事。
現在、東京カンテイ市場調査部上席主任研究員として、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。
『BSフジLIVEプライムニュース』、『羽鳥慎一モーニングショー』、不動産経済オンライン、文春オンライン、日本経済新聞など多数のwebメディア、新聞、TV等へ出演実績あり。

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