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更新日:2024.09.24
登録日:2024.11.08
小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:検証編②「”紀子のアパート”内部の検証」
「いや、これは“紀子のアパート”ではないですね。広い道路に面して店舗の区画が並んでいて、その先は川?でしょうか、水面が広がっています。“紀子のアパート”はこんな開放的な雰囲気ではなくて、もっと建て込んでいるようなところなので…」「本当だ。確かに、お向かいは戸建てですもんね」
所狭しと並ぶ同潤会アパートの模型を前に、検証を進める私・佐伯とマンション図書館スタッフ。しかし、どうにも辻褄が合わない。「もしや、内観と外観は別のところで撮影されたのか…?」日本映画界70年来の謎を解き明かす“マンション図書館”の挑戦、ついに完結!
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【前回の記事】
小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:検証編①「“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証」
館長井出の一言から始まった本企画、全8回にわたって調査・検証していく。
今回は検証パート①「“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証」について語っていく。
”紀子のアパート”内部の検証
外観は“同潤会平沼町アパート”で確定したものの、内部の構造が全く異なるため、今度は“室内のシーンはどこで撮影したのか”という新たな謎にぶち当たってしまった。「(内部の)撮影が平沼町アパートで行われた」とする資料も多かっただけに、少なくとも内部の撮影が平沼町でないことを確定させられただけでも御の字なのだが、ここまでやり切っただけに室内シーンの特定も可能な限り進めたい。ひとまず室内および共用部分の特徴を整理しよう。
① 室内に対して幅が広い共用廊下
② 居室は典型的な6畳
③ 水回りは無い(=トイレ・台所は共同)
④ 同じ間取りが並ぶ(線対称でない)
⑤ 布団が収納できる押入れ
① 紀子の部屋と同じようなタイプの部屋が少なくとも3つ並ぶ
② 向かいにも部屋がある(玄関扉が見える)→内廊下設計
③ 奥に共用の流し台と物干し場(?)、階段、左へ続く廊下がある
④ カメラの手前に左へ続く廊下→廊下の直角曲がり角が2ヶ所以上
⑤ 共用廊下の天井はやや高いので最上階と思われる
特に注目したのは共用部分“②向かいにも部屋がある(玄関扉が見える)→内廊下設計”と“④カメラの手前に左へ続く廊下→廊下の直角曲がり角が2ヶ所以上”だ。平沼町アパートをはじめ、同潤会アパートは“世帯向き”が中心であり、“世帯向き”は共用廊下を削って居室に回すことができる二戸一階段が殆どであることから、まず共用廊下があるものが非常に少ない。
その中でも、URまちとくらしのミュージアムに復元展示されている代官山アパートのように、共用廊下があっても廊下の片方にしか居室が無いものも数多い(現代の“板状マンション”と同じ)。このため、共用廊下があり、廊下の左右両方に部屋があり(それも六畳一間の単身用がずらりと並ぶ)、かつ廊下の直角曲がり角が2ヶ所以上あるアパートというと、自ずと数が限られてくる。
▲“URまちとくらしのミュージアム”内、代官山アパートの単身向け住戸。紀子のアパートの雰囲気に近い。
同潤会でいう“独居向き”の設定があるのは16件中8件。その中から、代官山アパートのような板状棟しかないものを外し(“直角に折れ曲がる配棟”)、“二戸一階段でない内廊下”・“廊下を挟んで左右に部屋がある”に該当するのは“⑦山下町アパート”と“⑭大塚女子アパート”の2件に絞られる。ここからは映画に映るカットを詳しく見ながら、室内や共用部分の特徴をあぶりだしていこう。
▲大塚女子アパートの各階平面図。※「平成30年度日本大学理工学部学術講演会予稿集より「同潤会アパートメントの歴史的価値の評価及び保存・活用手法に関する研究-都市生活における共用施設のあり方について-」(堀田健太・田所辰之助)より、「高等建築学 第14巻」の引用ヶ所を抜粋。https://www.cst.nihon-u.ac.jp/research/gakujutu/62/pdf/I-32.pdf
まずは“史上初の職業婦人の独居用賃貸マンション”として名高いが故に、Web上でも資料が多く公開されている“⑭大塚女子アパート”の平面図と、映画本編から描き起こした”紀子の部屋“平面図周辺の図面を見比べてみる。すると、コの字配棟の各辺に8~10室がずらりと並んでおり、”紀子のアパート“に比べてどうも部屋数が多い。
また、階段脇の共用流し場や、階段から真っすぐ通り抜ける人の移動など、映画本編とどうも食い違うシーンが多く、“⑭大塚女子アパート”も候補から外れてしまった。そもそも、リアリティにこだわる小津監督が、女子専用のアパートでわざわざ男性のエキストラを入れて撮影に臨むといったことも考えづらい。
よって、残るは“⑦山下町アパート”ということになるが、ここからが非常に難儀した。山下町アパートは資料が非常に少なく、大まかな配置図と、“3階建て・独居向き80戸・店舗8戸(1号棟)/世帯向き72戸(2号棟)”ということしかわかっていなかったからだ。角地に面し、変形口の字配棟、店舗があるのが1号棟、隣接するコの字配棟なのが2号棟となっている。
▲「今昔マップ on the web」より、「首都圏」1944~1954年/地理院地図(現在)。残念ながら建物形状までは描写されていなかった。(現在は賃貸マンション“レイトンハウス横浜"となっている)
ということで、Webに公開されている貴重な画像や古地図を参照しながら、またも平面図を描き起こす。階段の数や窓の数を基準に、一部想定も交えて破綻の無いように状況を合わせていく。
▲山下町アパートの配置図。左が独居向きの1号棟、右が世帯向きの2号棟。2号棟の階段室は計5つか?
苦闘の末、以下のような平面図が出来上がった。まずは、“紀子の部屋”と同じ“独居向き”の1号棟の2・3階と、隣の“世帯向き”2号棟の2・3階の想定平面図を並べてみる。2号棟は“世帯向き”のため、1号棟と違い階段室を多数持った“二戸一階段”、72戸となっている。コの字型で中庭を持つため、階段室が中庭に面する。このため、1~3階まで同じ構造と想定し、1フロア24戸×3=72戸の配置を読み取る。なお、2号棟は読み取れる部分が少ないので、1号棟よりも図面は簡略化している。ぜひ上記の配置図と見比べてみてほしい。
▲撮影現場と思われる3階部分を念頭に、1号棟・2号棟の3階部分を並べる。配置図と相違ない作図に難儀した。
次に、“独居向き”1号棟の1階と、同じ1号棟の2・3階を並べた想定平面図を示す。黄色(店舗7戸+管理室1戸)を除き、緑色部分が居室(1階20戸/2・3階30戸ずつ=80戸)である。口の字配置とすることで、北向き住戸をなくす工夫が読み取れ、併せて接道部分を店舗にすることによる収益性向上の努力が読み取れる。このあたりも、現代のマンションと共通する要素を見出せるだろう。
▲配置図と当時の画像を参考に、1号棟の店舗・管理室8戸+独居向き80戸を、破綻の無いように配置していく。
さて、ここから特定の鍵を握ったのは、またしてもダストシュートだった。とみが紀子の部屋に泊まった翌朝のシーンに、向かいの建物のダストシュートが映っている(窓の直下にホームベース型の構造物が付いていて、漏斗のようにすぼまっているので、ダストシュートとわかる)。戦後8年という時代にコンクリート造の建造物がまだ珍しく、その中でもダストシュートがある=住居といえば、同潤会アパートくらいしかない。ということで、“紀子の部屋”には“隣にも同潤会アパートが建っている”という条件がつくわけだ。
なお、“コの字(ないし口の字)の内側なのではないか”との線も検討したが、山下町アパートの画像を参照する限り、1号棟の“口の字”の内側にダストシュートはなく、また写真が比較的残っている外側(接道面)についてもダストシュートは確認できなかった。このため、ダストシュートは“(世帯向きでゴミ出しの必要性が高い)2号棟のみに設置されているもの”と仮定している。
「“紀子のアパート”共用部分の特徴」で掲載した想定平面図と、“山下町アパート”の想定平面図の抜粋部分を並べてみる。すると、位置関係が殆ど一致していることがわかるだろう。“共用部分の特徴”の方で掲載した図は画角に映らない範囲はわからないので“紀子の部屋の並びは3戸(かそれ以上)”としたが、山下町アパートの方は中庭向きに4室が並んでいることが確認できるため、外側にも4室以上が並んでいると想定して4室並びとした。それ以外、特に手前側の直角曲がり角と、奥の共用流し台および下り階段、左に続く廊下まで一致する。
さらに、独居向きの山下町アパート1号棟のうち、“隣にも同潤会アパートが建っている”のは、2号棟に面した東向きしかない。このため、“紀子の部屋”は東向き、かつ天井が高い内廊下が映るシーンから3階(最上階)で確定、さらに北から3番目(=南から2番目)の部屋で、向かいに映っているダストシュートがある建物は2号棟の“世帯向き住戸”という推定が成り立つ。全ての同潤会アパートについて条件に当てはまるものを詳細に検討したが、山下町アパート以上に当てはまりがよいものは該当しなかった。
よって、今回の調査では「外見は平沼町アパート/内部は山下町アパート」ということを結論としたい。撮影の場面を図面上で想定したのが、以下の図である。
また、外観と同様に、同潤会アパート全16件についての判定表を以下に示す。
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小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:最後に、調査を終えて
井出館長の一言から始まった調査を終えた調査員の思うことは…?
“研究し尽くされていると思われる定石”であっても、真正面から問い直し、研究を進めることで新たな知見が得られる。
次への意気込みを語る調査員、紀子のアパートを探せ、完結編!!
“URまちとくらしのミュージアム”についてはこちらも参照
※特記以外の画像は2024年5月筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。
※同潤会アパート関連の内容は、一部下記サイトを参考にしました。
https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=1546
https://tanken.com/tatemono/code-85/index.html#google_vignette
https://hama80s.exblog.jp/26050890/
https://blog.goo.ne.jp/chuka-champ/e/2d0dc29999eec3fa7041e9213b5d745f
賃貸不動産経営管理士
佐伯 知彦
大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。
東京カンテイ上席主任研究員
井出 武(マンション図書館館長)
1989年マンションの業界団体に入社。以後不動産市場の調査・分析、団体活動に従事。
現在、東京カンテイ市場調査部上席主任研究員として、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。
『BSフジLIVEプライムニュース』、『羽鳥慎一モーニングショー』、不動産経済オンライン、文春オンライン、日本経済新聞など多数のwebメディア、新聞、TV等へ出演実績あり。
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