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更新日:2024.10.04
登録日:2024.10.04
小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:調査編②鉄筋コンクリート造集合住宅の範となった“同潤会アパート”
「“紀子のアパート”を探してくれないかな、佐伯さん。“東京物語”に出てくるマンションなんだけど、小津安二郎ファンが70年以上研究してもわかっていなくて。もし確定させられれば、“マンション図書館”史上最大の大発見になるよ」
ある日の会議で“マンション図書館”館長・井出がいつになく熱く語った。平成生まれの私にとって、小津安二郎とは“世界の小津”と称される映画監督であることは知っていても、小津映画を観たことはなかった。館長たってのお願いとあらば、マンション図書館ライターとしての誇りを胸に、受けないわけにはいかない。まずは“東京物語”を観ることから、日本映画界70年来の謎を解き明かす挑戦が始まったのであった。
調査・検証内容は以下のとおりである。
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調査編
①小津安二郎監督の傑作“東京物語”とは
②鉄筋コンクリート造集合住宅の範となった“同潤会アパート”
③“紀子のアパート”室内の特徴
④“紀子のアパート”共用部分の特徴
⑤“紀子のアパート”外観の特徴
検証編
①“URまちとくらしのミュージアム”で「外観」の検証
②”紀子のアパート”内部の検証
最後に:調査を終えて
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【前回の記事】
小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:調査編①「小津安二郎監督の傑作“東京物語”とは」
「“紀子のアパート”を探してくれないかな、佐伯さん。“東京物語”に出てくるマンションなんだけど、小津安二郎ファンが70年以上研究してもわかっていなくて。もし確定させられれば、“マンション図書館”史上最大の大発見になるよ」
その一言から始まった本調査の第一弾!調査編①「小津安二郎監督の傑作“東京物語”とは」
鉄筋コンクリート造集合住宅の範となった“同潤会アパート”
さて、映画ファンの間でも長年の謎とされてきたのが、この“紀子のアパート”はいったいどこにあるのか、という点だ。前提として、小津監督はセットでの撮影を好まず“小津監督が撮るからにはどこかに撮影現場となった場所があるはず”ということ(室内シーンはカメラの設置やスタッフの配置等に制約があるためセットの撮影もあった)、そして戦後10年を経ない、まだまだ復興途上の時期では民間のコンクリート造集合住宅は殆ど存在せず(日本初のコンクリート造分譲マンションとされる“四谷コーポラス”は“東京物語”公開の3年後・1956年竣工)、コンクリート造の独居用住宅を供給していたのは“同潤会”くらいしかない、ということが挙げられる。
このため、映画に映る“紀子のアパート”が室内まで含めて現存するという保証はないものの、外見は少なくとも存在するという仮定の下で検証を進めた。それに際し、同潤会アパートがいったいどんなものなのか、ということに触れておこう。
▲“紀子のアパート”として挿入されているカット(39:32)。手前の戸建住宅とは違う、堅牢で洗練された構造が印象的。
同潤会は、1923年(大正12年)に発生した関東大震災の復興支援のため設立された。関東大震災の義援金の中から1,000万円を内務省(社会局)が拠出、これを元手に財団法人として誕生し、建築家らが運営の主体となった。木造家屋に甚大な被害が出た反省を踏まえ、耐震・耐火に優れ、防災に強い鉄筋コンクリート造の良質な都市中間層向け住宅供給を目指した。その第一号となったのが1926年竣工の“中之郷アパート”(墨田区)であり、全16か所を供給した(以下“同潤会アパート”と総称する)。中之郷アパートの設計は、同潤会にノウハウの蓄積が十分でなかったため東大の内田祥三研究室で行われたが、以後は同潤会内の設計部が担った。
これら同潤会アパートは、2013年解体の“上野下アパート”(台東区)を最後にどれも現存しない(青山アパートが“表参道ヒルズ”として現存するとする資料もあるが、2003年に取り壊されているので不正確である)が、戦後の団地のように画一的でなくどれも土地土地に合わせた個性豊かなもので、鉄筋コンクリート造住宅の範となるべく、電気・都市ガス・上下水道・水洗トイレといった現代は当たり前となった専有設備から、ダストシュート・集会室・食堂・談話室といった現代の大規模・タワーマンションに通ずる共用設備(これらは決して現代でも当たり前ではない!)に至るまで、さまざまな先進的要素が取り入れられた。
▲食器を洗うシーン(1:22:03)。1953年の時点で、上水道の普及率はまだ3割程度だったから、これだけでも先進的だった。
一例として、女性専用の賃貸住宅の先駆け「同潤会大塚女子アパートメント」(1930年竣工)が挙げられる。当時増加していた“職業婦人”(“BG”の戦前の表現)が独居できる賃貸住宅が無いという社会問題に対処すべく、女性専用の独居用として開発されたものだ。入居者として想定されたのはヴァイオリニスト、オペラ歌手、音楽講師、女流作家など高給の女性であったため、彼女らの生活の負担を軽減するエレベーター、共同浴場・シャワールーム、80人収容の大食堂といったハード面のみならず、有料のランドリーサービス・買い物代行といったソフト面、更には男性の親族と会うための面会室や、蓄音機を備えた音楽室(入居者によるコンサートも度々催されたという)、1階の貸店舗には雑貨屋・食料品屋・フルーツパーラー等まであって敷地内で生活が完結させられた。90年前の時点で現代の高級マンションにも通じる品質・水準が実現されていたのである。
▲“紀子のアパート”の別角度のカット(1:21:51)。屋上は洗濯場・物干し場として活用されている。
これら設備・サービスをフル活用すれば、炊事・洗濯・家事・掃除を一切することなく女性が独居できたというのは、同潤会の業績として特筆すべきだろう。大塚女子アパートメントは単身用149室が瞬く間に満室となり、世の女性の羨望の的となったという。
ただ、範となる住宅を目指しただけあってコストがかかり過ぎ、賃料収入だけでは建設費を賄えなかったこともあり、第1号から8年後、1934年の江戸川アパートメント(新宿区)を最後に建設を停止する。折しも戦時体制に向かいつつあるところで、1932年の満州国建国、建設停止3年後の1937年には日中戦争開戦というように、贅を尽くした鉄筋コンクリート造の住宅が建設しづらくなっていた面もあるだろう。
建設停止後は手っ取り早く資金を回収できる土地付き木造戸建住宅の分譲に注力するが、第二次世界大戦開戦直前、いよいよ戦時色が濃厚となった1941年にはより国の管理・統制を強めるため、同じく内務省により「住宅営団」が設置、業務を引き継ぐ形で同潤会は解散した。その住宅営団も戦後GHQにより業務停止となり、入居済みの分譲住宅は入居者へ払い下げられ、賃貸住宅は東京都はじめ地方公共団体へ引き継がれた。なおも残る残余資産や、横浜市内の同潤会アパート2棟の管理は受け皿会社として設立された「建財株式会社」に引き継がれ、徐々に民間各社の手に渡っていくこととなった。
なお、1955年設立の日本住宅公団は、同潤会・住宅営団を参考に設立されてはいるものの、所轄官庁が違う(同潤会・住宅営団→内務省社会局~厚生省~厚生労働省/日本住宅公団・都市再生機構→(~内務省国土局)~建設省~国土交通省)上に時系列のつながりがなく、後身組織とは言えない。
次に廊下などの共用部分を見ていく。同様に、映画を観ながら平面図を可能な限り描き起こしたのが以下の図だ。室内に比べてシーンが少ないため、共用部分からわかることはあまり多くないが、それでも以下のような特徴が挙げられる。
▲寝る前に紀子がとみの肩を揉むシーン(1:13:35)。亡き息子・昌二の布団で寝ることに、とみは感傷に浸る。
① 少なくとも3階建て以上
② 屋上には階段室(少なくとも4か所連続)と洗濯物干し場がある
③ ダストシュートがある
④ ダストシュートが短い間隔で連なる
⑤ 道路向いには2階建て民家がある
まず、外観で目を引くのは窓脇に連なるダストシュートだ。まるで焼却炉か配管のようにも見えるが、最上階住戸の窓の手摺の高さで止まっている上、窓下に投入口があるのでダストシュートとわかる。さらに、投入口は1戸に1か所あればよいので、ダストシュートの縦管が窓3枚分程度の短い間隔で連なっていることから、1戸あたりのスパンが短い=専有面積が狭い間取りが中心とわかる。
同潤会アパート全16か所の内訳
▲東京カンテイ調べ
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小津映画「東京物語」・紀子のアパートを探せ!!:調査編③「“紀子のアパート”室内の特徴」
「“紀子のアパート”を探してくれないかな、佐伯さん。」
館長井出の一言から始まった本企画、全8回にわたって調査・検証していく。
今回は③「“紀子のアパート”室内の特徴」について語っていく。
※特記以外の画像は2024年5月筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。
賃貸不動産経営管理士
佐伯 知彦
大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。
東京カンテイ上席主任研究員
井出 武(マンション図書館館長)
1989年マンションの業界団体に入社。以後不動産市場の調査・分析、団体活動に従事。
現在、東京カンテイ市場調査部上席主任研究員として、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。
『BSフジLIVEプライムニュース』、『羽鳥慎一モーニングショー』、不動産経済オンライン、文春オンライン、日本経済新聞など多数のwebメディア、新聞、TV等へ出演実績あり。
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