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更新日:2022.12.24
登録日:2022.09.02
大村哲弥 「夢の跡を訪ねて~建築家が設計した分譲マンション~<上>」
現在、著名な建築家が分譲マンションを設計するとはほとんどありません。
著名とはなにか?は議論があるところですが、建築界以外にも広く一般に名前が知られた、ということにしておきましょう。
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1960年代の分譲マンションの黎明期からバブルの前あたりまでは、美術館などの大型公共建築を手がけ、国際的にも知名度があり、耳目を集めるプロパガンダで世間を賑わすような建築家が設計した分譲マンションが供給されていました。
現在、デザイン監修と称して、決まった設計に対して、建築家が外観やインテリアのスタイリングを手がける例はむしろ増えていますが、建築家が設計する分譲物件はほとんどありません。2000年頃から、建築家が設計する賃貸マンションが「デザイナーズ賃貸」と呼ばれ、建築家による設計が付加価値となり一世を風靡し、定着している状況とは、まさに正反対です。同じ都市型集合住宅でも、分譲マンションと賃貸マンションとの間には一線が引かれ、両者は完全に分断されているのです。
なぜ、建築家が設計する分譲マンションがなくなったのでしょうか。
かつては、供給側(ディベロッパー)、建築家の双方とも、新しく社会に登場したビルディングタイプである分譲マンションに対して、さまざまな想いや気概を持って、まだ見ぬ都市型住宅の理想の姿を実現しようと夢見ていました。
バブルとバブルの崩壊を経て、分譲マンションはその後、すっかり均質化、標準化した姿で普及していきます。分譲マンションはコモディティとなったのでした。
コモディティ化したものに新たな理想像は要りません。必要なのは、品質の安定と少しばかりのスタイリングの味つけと気の利いたキャッチコピーで充分です。分譲マンションは一気にコンサバなステイタス商品となり、自ずとディベロッパーと建築家がタッグを組んで理想を試行錯誤するような試みも不要となりました。
都市居住の新たな可能性を切り開こうとする志が表れた、建築家が設計を手がけた分譲マンションを訪ね、その夢の跡を探ってみます。
今も最前衛であり続ける黒川紀章の《中銀カプセルタワービル》
今もって都市型集合住宅の最前衛でありつづけているのが、黒川紀章による《中銀カプセルタワービル》(1972)です。日本における世界で最も有名な分譲マンションと言っても過言ではないでしょう。
黒川紀章はメタボリズムを代表する建築家であり、当時の建築界のスターでもありました。メタボリズムとは1970年前後に日本で始まった建築運動であり、その言葉が意味する通り、新陳代謝する建築と都市を構想しました。
工場生産された住居カプセルをランダムに積み上げた外観。カプセルは交換可能で、まさに新陳代謝される有機体の細胞のアナロジーとして発想されています。カプセルが次々に更新され、永遠に新しくなっていく。メタボリズムが夢見た永遠に新しい未来です。もちろんカプセル建築は世界初。その色褪せたかつての近未来は、まさにレトロ・フューチャーな姿として、不思議な存在感で見る者に迫ってきます。
■Photo by scarletgreen-中銀カプセルタワービル/CC-BY2.0
ところが、今に至るまでカプセルは一度も交換されたことはないのです。大規模修繕工事すらも一度もなされておらず、現状のカプセルは、セントラルのエアコンが壊れ、空調が止まり、給湯管が破裂し、お湯が止まり、雨漏りも起こるという状態なのだそうです。新陳代謝どころか、老朽化で立ち往生してしまった輝かしいはずの未来の建築。
メタボリズムの光と影を象徴するような《中銀カプセルタワービル》ですが、実は今、カルト的な人気を誇っています。「夏はサウナ、冬は冷蔵庫」になってしまう、ほどんど欠陥住宅状態のカプセルに実際に住み、保存・再生を夢見る人々が数多く存在しているのです。
世界に類をみない、そしておそらくはこの先も二度と作られることはないであろう、その唯一無二の個性が、居住性の問題を超えて、40年後の今、人々を惹きつけている。歴史を否定するかのように、永遠に未完成で、永遠の新しさを目指した建築が、歴史の生き証人となってレトロな魅力を放っているという皮肉な現実。
永遠に更新可能なカプセル住居という、今もって誰も超えられない発想のこの分譲マンションは、不思議な魅力を漂わせながら、今も最前衛であり続けています。
※2022年4月 惜しまれながらも解体作業が決まり、年内には完了する予定。※
抑制と遊び心。都会的なセンスが光る坂倉建築研究所による《ビラ・シリーズ》
渋谷駅にほど近い渋谷一丁目に建つのが《ビラ・モデルナ》(1974)です。
道路沿いのファサードは素っ気ない感じですが、実はそこには豊かな内部空間が内包されています。雁行したユニットが両側に積み重なり、それらによって囲まれた空間が、シンボルツリーのあるパティオになっています。上からの光が降り注ぎ、幾何学的図像に包まれるその空間は、都市でもありプライベートでもある、外部でもあり内部でもある、そんな空間体験ができる、まさに都市の住まいを象徴するような空間です。
積み重なるユニットの隙間を利用して斜め上方から光を採り入れるという発想のユニークさに脱帽させられます。ちなみに、壁から突き出ている数本のパイプのようなものは、その斜めのトップライトガラスを拭くための足場なのだそうです。
設計はル・コルビュジエに師事した坂倉準三が率いていた坂倉建築研究所。坂倉準三は1969年に死去しており、本建物の設計にはかかわっていませんが、「白の時代」のコルビュジエ譲りの、自由で都会的な作風の坂倉準三本人の香りがどことなく漂う建築です。
坂倉準三は、東急の五島慶太とタッグを組み、東急東横線ホーム、旧東急文化会館、東急百貨店東横店などの一連の渋谷駅の設計を手がけた建築家です。坂倉に縁の深い渋谷区には、この《ビラ・モデルナ》をはじめ、坂倉建築研究所が手がけた《ビラ・シリーズ》が計3件あります。
《ビラ・セレーナ》(1971)はそのひとつです。白いシンプルなマンションと思いきや、ヴォリュームが分節されてできたスリットの内部が鮮やかな黄色に塗られており、見事なアクセントになっています。都会的な抑制された表現のなかに、同時に遊び心を感じさせる、こうした「大人のデザイン」の分譲マンションは最近ではほとんど見かけません。
道路を挟んで隣接する《ビラ・フレスカ》(1974)も坂倉建築研究所の作品です。
外部に露出した鉄骨の避難階段と搭状に意匠化された階段ホールが外観のアクセントとして巧みにデザインされています。階段を上手く利用したアプローチ空間も、個人邸のようなプライベートな雰囲気でなかなかいい感じです。威圧すような構えや高価な素材でこれ見よがしな高級感を演出するのではなく、さりげないデザインやちょっとした工夫で都市型住居の洗練を描く姿勢とセンスは、今見ても眩しく感じられます。
その過激さは今も健在。堀田英二の 《ビラ・ビアンカ》
一目見たら忘れられない、そんな個性的な外観のマンションは、神宮前二丁目の明治通りに面して建つ《ビラ・ビアンカ》(1964)です。
こんな意匠のマンションは二度と不可能といっても決して過言ではない過激さです。設計は堀田英二。この建築家は最近では、ほとんど忘れられてしまっていますが、この姿を発想する才能はただ者ではないことをうかがわせます。
井桁のように組まれた梁の上にユニットが雁行しながら連続するフォルムは、どこかメタボリズムに一脈通じるような増殖性や拡張性を感じさせると同時に、どことなく日本建築のイメージも宿っています。バルコニーが一層おきに互い違いに現れる立面はどうなっているのでしょうか。ユニットを角度を変えて積み重ねて、バルコニーの位置が重ならないようにして工夫しているようです。
当時、文字通り最先端だったこの分譲マンションは、青山二郎(白洲正子や小林秀雄などの骨董の師匠だった人物)の晩年の住まいだったことでも有名でした。
《ビラ・ビアンカ》は東京オリンピックと同年に建てられました。《ビラ・ビアンカ》は黎明期の分譲マンションがどれほどアグレッシブだったかを物語る好例です。新たな居住のあり方を試行し、都市の風景を創る意匠を競い、過去のいずれにも似ていない個性を誇りとする、そんな気概と迫力を感じさせる分譲マンションには、とんとお目にかからなくなりました。
To be continued
★中銀カプセルタワービル
住所 : 東京都中央区銀座8-16-10
総戸数 : 140戸
構造・規模 : SRC造 地上11階建て
事業主 : 中銀マンシオン
設計者 : 黒川紀章
竣工年 : 1972年
★ビラ・モデルナ
住所 : 東京都渋谷区渋谷1-3-18
総戸数 : 189戸
構造・規模 : RC造 地上10階建て
事業主 : 興和商事
設計者 : 坂倉建築研究所
竣工 : 1974年
★ビラ・セレーナ
住所 : 東京都渋谷区神宮前2-33-18
総戸数 : 25戸
構造・規模 : RC造 地上7階建て
設計者 : 坂倉建築研究所
事業主 : 興和商事
竣工 : 1971年
★ビラ・フレスカ
住所 : 東京都渋谷区神宮前2-30-22
総戸数 : 20戸
構造・規模 : RC造 地上7階建て
事業主 : 興和商事
設計者 : 坂倉建築研究所
竣工 : 1972年
★ビラ・ビアンカ
住所 : 東京都渋谷区神宮前2-33-12
総戸数 : 45戸
構造・規模 : SRC造 地上8階建て
設計者 : 堀田英二
事業主 : 興和商事株式会社
竣工 : 1964年
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■photo by scarletgreen -中銀カプセルタワービル/CC-BY2.0
一級建築士/ブロガー
大村哲弥
有限会社プロジェ代表:1984年、セゾングループのディベロッパー株式会社西洋環境開発に入社。住宅・マンション事業のマーケティング・商品企画・事業企画に従事する。バブル前夜からバブル崩壊とその後のカルチャーシーンのなかで20歳代、30歳代を過ごし、不動産ビジネスに携わる。1996年、有限会社プロジェ設立。建築・住宅分野のコンサルティング・商品企画・デザイン・執筆などを手がける。東京工業大学大学院修了。一級建築士。
ブロガー:本・映画・音楽・アート・デザイン・ファッション・都市・建築・食・料理・旅・暮らし・まち歩きなどのカルチャーフィールドを横断的に渉猟・論考するブログを主宰。
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