暮らしのヒント2022/7/5

 明治の改暦は歳時記に大きな影響を与え、未だに「暦の上では立秋」とか天気予報などで聞くけれど、夏の盛りの時期にピンとこない。7月15日を中心に行われる新盆が主流の東京と、来月にやってくる旧盆のお盆休みとズレが生じているのも新旧暦の影響である。

 

 お盆はお正月と並ぶ二大行事で、前半の始まりであるお正月には歳神様を祀り、後半始めにあるお盆には、先祖の精霊をお迎えし供養する。地域による差異や家庭の事情もあり、また農作業も効率化し新暦に直して行うことが多くなり、お盆の帰省ラッシュはわが国の風物詩だ。僕の家はその明治期東京へ出てきたこともあり、また代々の墓は兵庫県と遠距離にあり、郷里と呼べる地もなくまた、お盆に親類一同が集まることさえなかった。

 

精霊馬

 

 だが、祖父母の代から親しくしている忍者の里伊賀上野の代々陶芸家である福森家に、僕は中学2年の夏休み初めて訪ねて、盆入りには「迎え火」を焚き、仏壇にはこの世とあの世との間を故人の霊魂が行き来する為の乗り物である「精霊馬」をお供え物し祖先の霊を慰め、無事あの世に帰れるよう16日には「送り火」をするという場面に遭遇、今でもその一連の光景が目に焼き付いている。少し高い位置二箇所に薪を焚べ、パチパチと火が燃える前で一同が整列、手を合わせ般若心経を唱えるのである。

 

 古来わが国には祖先の霊を祀る「魂祭り」という風習があり、後に仏教の行事である盂蘭盆会と習合し、今日のお盆とお正月の風習として受け継がれてきた。「盂蘭盆会」はサンスクリット語の「ウランバナ」(逆懸(さかさづり))が語源である。釈迦の弟子目連が、地獄で逆さ吊りになっている母を救えるか、師に教えを請うた。すると、「7月15日に供養しなさい」と言われ、僧侶を招き供養すると、極楽に行き救われた故事が始まりである。

 

 日本にこれが伝わったのは飛鳥時代で、すでに奈良時代には宮中の行事となり、江戸以降民間に普及したという。中でも青森県下北半島に位置する恐山は、日本三大霊場の一つ、死霊が集まる場所と言われている。有名なイタコに口寄せしてもらい、霊の声を聞くのである。夏の大祭は地蔵盆の縁日に行われ、各地から多くの参拝者が訪れる。お盆に相応しい聖地はその名の通り、安易に人を寄せつけない自然の斎場である。

 

恐山

 

 美しい宇曾利湖周辺は、手付かずの鬱蒼たる緑に硫黄ガスが充満し、白くむき出しの岩肌一帯は地獄に例えられ、供養に積まれた石や、供え物で溢れていた。死者を救うという信仰心なのか、魂が成仏出来ずにいるのか、異界にきたかのような異様な空気が胸を突いた。神話では出雲をあの世とこの世の境としたが、黄泉比良坂は本州最北部にもあったのだ。

 

 僕は場所の力を信じるし、魂という科学では証明不能な世界もあると思っている。だが、こんなに生々しい聖地を知らない。生きているものは死者を供養し、死の世界では生ある者をお守りしている。今年のお盆から、海辺のベランダに新調した舶来製の台に迎え火・送り火に見立てた薪を焚べ、心経を唱え先祖と交流したいなと思っている。

 

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

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