暮らしのヒント2020/9/22

 来月10月1日(木)は、仲秋の名月「十五夜」である。毎年微妙にずれるのは、月の満ち欠けをもとにした太陰暦(旧暦)を採用していたからで、これが農耕社会の基盤でもあった。仲秋というのも、旧暦の7月を「孟秋」、8月を「仲秋」、9月を「季秋」と呼んだことから、秋のちょうど真ん中の月を、「仲秋の名月」などと呼び、また里芋の収穫期でもあったことから、「芋名月」とも言って絶好の観月夜となっている。

 

李朝白磁丸壺((17〜18世紀) 高さ30センチ弱

 

僕はここ数年、祖父の住んだ鎌倉の通称「山の上の家」でお月見をしている。あるときは月壷(李朝時代18世紀の白磁大壺)の逸品を東京の美術店から運んだり、写真のように、ひとまわり小さな提灯壷を友と持ち寄り並べ、ススキを活けたりしたこともある。ススキは稲穂に、お月様は団子に見立てるのは、お米の収穫期に実った穂に感謝する「初穂祭」と、かりに月が雲に隠れていても、気分の演出に月見飾りをするのである。三方山に囲まれ、南に相模湾が開けた天然の要塞鎌倉。東から月があがり一番高い位置にあがった月が海を照らし、空が白々としてきた頃西の山に沈む。酒の具合で朝までもつのは五分五分だが、年に一度月を眺め過ごすのも良いのではないかと思う。

 

 また、ひと月後にある十三夜も忘れてはならない。旧暦9月13日は、「十三夜」「後の月」「栗名月」「豆名月」と呼ばれ、「十五夜も楽しんだら十三夜もしなければならない」と、片方だけの月見を「片見月」といって忌み嫌う風習がある。今年は10月29日(火)にあたる。これは日本独自の風習だ。ちなみに、さきの十五夜=満月ではなく十三夜にしても、欠けたるものや過ぎ去った月まで、「立待」「居待」「寝待」「更待」と、今か今かと月の出を楽しんでいたことがその名からよく伝わってくる。

 

 

我々は八百万神と呼ぶように、自然の万物何でも神様にした。古事記に日の神・天照の弟は夜の神、月読命とある。神話で然したる活躍をしなかった月読命だが、すでに万葉の頃詩歌に月の歌は欠かせないもので、俳句の季語「月」は、秋を指す。月は、日本人の季節感や美意識を映し出す鏡のようなもので、古典文学のみならず月に纏わる言葉は数え切れない。月光、雪月花、星月夜など、古代ギリシアでは、太陽神アポロンの妹アルテミスを月神といったが、日本人ほど古来より月を愛した民族はいないのではなかろうか。英国へ遊学していたときに、満月に「兎が餅をついている」といったら英国人は怪訝な顔付きをした。自然の感じ方は民族によって違うが、この持って生まれた無意識の感受性、身体でつかんでいる文化はそう簡単に消えはしない。街中では、月や星の輝きは、ネオンの光にかき消されているが、特別な日には都会から抜け出し、春にお花見を楽しむのと同様、空を見上げてみたらどうかと思う。僕の日常は新月を新たな事のはじめの日と意識し、「今夜の月はなんだろう?」と気にかけ暮らしているが、コロナ禍は古から続いている習慣や自然観を見直す契機になるのではないだろうか。

 

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

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