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2023.04.28

蒲田駅・京急蒲田駅――待望の新線"蒲蒲線"は"南の盛り場"をどう変える?(東京都大田区/JR京浜東北線・東急多摩川線、池上線)(京急本線、空港線)

蒲田駅・京急蒲田駅――待望の新線"蒲蒲線"は"南の盛り場"をどう変える?(東京都大田区/JR京浜東北線・東急多摩川線、池上線)(京急本線、空港線)

「♪飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで、飲んで 飲みつぶれて寝むるまで 飲んで」
河島英五の「酒と泪と男と女」の一節である。やはりこの街は「酒」を抜きには語れないだろう。しかし、蒲田は温泉、映画、空港など、盛り場だけではない、様々な顔を持つ街だ。今回は蒲田の様々な表情に触れつつ、この街を一変させる「蒲蒲線(かまかません)」の開通に向けた未来を考えながら歩いてみよう。

1.蒲田の歩み

蒲田は近隣に池上本門寺や穴守稲荷といった古刹を多数抱え、東海道が域内を通過してはいたものの、品川宿と川崎宿の中間であり、江戸時代に宿場町としての発展はなく、川崎大師門前町の性格を持った川崎の方が古くから賑わっていた。そもそも「蒲」とは「泥が深い田地」を指すと言われ、大部分は湿地であったという。日本初の鉄道が新橋―横浜で開通した当初(1872)も途中駅は品川、川崎、神奈川のみで、蒲田駅開業は1904年と鉄道開通から30年以上経った後のこと。隣の大森駅(1876)にも遅れること30年近い。

▲蒲田駅に到着する京浜東北線。

▲蒲田駅に到着する京浜東北線。

しかし、蒲田駅開業を機に、平坦地かつ水の利(呑川)や大きな土地が得られることから近隣に大小の工場が立地。京浜工業地帯の一角を成し、蒲田駅前は東の錦糸町・北の赤羽と並ぶ東京郊外の盛り場として発展を始めていく。1923年には新蒲田(蒲田駅南西側)へ国鉄蒲田電車区(車庫)が設置され、京浜東北線の運行拠点となった。今でも京浜東北線は4分の1ほどの電車が蒲田始発・終着で運行され、特に朝の蒲田始発には行列ができる。

▲京浜東北線の蒲田行き。朝ラッシュ時でもおよそ10分に1本ペースで始発がある(2017年12月撮影)

▲京浜東北線の蒲田行き。朝ラッシュ時でもおよそ10分に1本ペースで始発がある(2017年12月撮影)

国鉄官舎も多く建てられたため、蒲田は国鉄職員が多く暮らす街でもあった。町工場が多く立地していたため、車両修繕に用いる部品の調達は容易かっただろう。1931年には羽田空港が完成し、蒲田の町工場は鉄道だけでなく、航空機産業の部品供給源としても成長してゆく。

▲蒲田電車区(現:大田運輸区)に並ぶ京浜東北線の電車たち。

▲蒲田電車区(現:大田運輸区)に並ぶ京浜東北線の電車たち。

”ものづくりの街蒲田”が結実したのが松竹蒲田撮影所(1920-1936)だろう。「♪生くる蒲田 若き蒲田 キネマの都」と「蒲田行進曲」で歌われたことはあまりにも有名である。元々は撮影所の所歌およびそれにまつわるエピソードを描いた映画であったが、JR蒲田駅の発車メロディとして使用されていることもあり、今なお蒲田を象徴する楽曲として親しまれている。撮影所はわずか16年で神奈川県鎌倉市、JR大船駅近くへ移転してしまうが(2000年閉鎖)、ここで生み出された映画は1,200本を超えるという。

▲アロマスクエアに再現された「松竹橋」。蒲田は「松竹映画発祥の地」でもある。

▲アロマスクエアに再現された「松竹橋」。蒲田は「松竹映画発祥の地」でもある。

蒲田のものづくり、および映像文化を継ぐ存在が西口北側にある「日本工学院専門学校」および「日本工科大学」だ。1947年開校の際は「絵画科」と「洋裁科」からスタートし、1955年に「日本テレビ技術専門学院」に改組、1964年東京五輪の実況中継ではNHK技術補助職員として学生が参加するほどになったが、この裏には松竹が蒲田に残した映像文化の種があるだろう。

▲日本工学院。学科を増やし1976年より現校名となるが、伝統的に放送・芸術・芸能分野に強みを持つ。

▲日本工学院。学科を増やし1976年より現校名となるが、伝統的に放送・芸術・芸能分野に強みを持つ。

松竹蒲田撮影所跡地は高砂香料工業に売却され、同社の東京工場として長く稼働した。しかし蒲田駅東口すぐという立地から拡張の余地がなかったため、工場・研究所機能を神奈川県平塚市や茨城県神栖市などに分散させる形で移転し、1998年に「アロマスクエア」として生まれ変わった。「ニッセイアロマスクエアビル」は蒲田随一の規模のオフィスビルであり、高砂香料工業本社も引き続き入居している。言わずもがな「アロマ」は香料に由来する名称で、駐車場が「アロマ駐車場」として道路標識で案内されるなど、高砂香料がこの地にあった記憶は失われていない。

▲ニッセイアロマスクエアビル(左)と、大田区民ホール「アプリコ」(右)。蒲田を象徴する施設のひとつ。

▲ニッセイアロマスクエアビル(左)と、大田区民ホール「アプリコ」(右)。蒲田を象徴する施設のひとつ。

現在、アロマスクエアには松竹跡地と高砂香料跡地を記念するモニュメントが建てられている。かつて蒲田駅と撮影所の間に流れていた「逆川」(さかさがわ)には「松竹橋」が架けられており、映画「キネマの天地」(1986年)でも印象的に扱われるなど、蒲田撮影所のアイコンであった。これを模した橋のモニュメントが植え込みの中に佇んでいる。また、高砂香料の通用口であった所に「高砂香料創業の地」なる碑も建てられており、この地が辿った歴史を静かに伝えてくれる。

▲ニッセイアロマスクエアビルの傍らに残る「高砂香料創業の地」の碑。

▲ニッセイアロマスクエアビルの傍らに残る「高砂香料創業の地」の碑。

アロマスクエアには大田区民ホール「アプリコ」が併設され、コンサートや舞台演劇など幅広く用いられている。私事になるが、高校時代は管弦楽部でヴィオラを演奏していた。3年生を前に引退する際、最後の定期演奏会の会場がアプリコだった。朝の蒲田駅に降り立った時の緊張、大ホールを埋めた万雷の拍手、スポットライトを浴びながら”やり切った”感触はいまだに忘れられない。アプリコは、こうした市民の音楽・芸術活動の場としても大いに機能していると言えよう。

▲「アプリコ」エントランスホール。蒲田駅徒歩6分と近く、大田区の文化拠点として機能している。

▲「アプリコ」エントランスホール。蒲田駅徒歩6分と近く、大田区の文化拠点として機能している。

また、蒲田は隠れた湯処でもある。概ね池上線池上駅~蒲田駅、および京急蒲田駅~雑色(ぞうしき)駅あたりにかけて源泉が密集しており、植物質が溶け込んだ真っ黒な湯が湧くことで知られ、蒲田の銭湯は殆どが温泉。500円(2022年10月現在)で気軽に温泉に浸かれるとあって、ファンも多い。

▲蒲田には温泉場が数多くある。植物質のとろりとした「黒湯」が特徴で、肌に良いとされる。(2021年6月撮影)

▲蒲田には温泉場が数多くある。植物質のとろりとした「黒湯」が特徴で、肌に良いとされる。(2021年6月撮影)

往年の蒲田は、周辺の工場で働く労働者を赤提灯と温泉が癒し、娯楽の王様であった映画が彼らに明日の活力をもたらす「庶民の街」であったわけだが、これは今でもそう大きく変わっていない。さすがに蒲田駅近くに町工場は少なくなったが、京急蒲田駅より東側の糀谷(こうじや)や大鳥居あたりは金属加工はじめ町工場のメッカであり「ものづくりの大田区」を牽引し続けている。

▲蒲田駅からやや離れると、戸建や町工場が密集する昔ながらの街並みに(2021年6月撮影、蒲田本町1丁目)。

▲蒲田駅からやや離れると、戸建や町工場が密集する昔ながらの街並みに(2021年6月撮影、蒲田本町1丁目)。

東口目の前の居酒屋・バーは東京でも随一の密集度を誇り、西口でも東急線高架下に続く「バーボンロード」などは、紫煙を燻らす石原裕次郎や勝新太郎あたりが顔を出しそうな雰囲気すらある。年に一度、蒲田の「はしご酒イベント」として催される「蒲田元気大作戦」では「ビールがビールを飲んでいる」という衝撃のビジュアル(!)のキャラクター「ビールくん」が話題となった(記事末尾リンク参照)。いくら時代が進んでも、「酒」はこの街と切っても切れない仲で結ばれている。

▲蒲田駅西口の「バーボンロード」。その名の通り、洋酒を提供するバーが密集する。

▲蒲田駅西口の「バーボンロード」。その名の通り、洋酒を提供するバーが密集する。

余談だが、河島英五が「酒と泪と男と女」を発表したのは1975年、彼が18歳の頃。18歳にして人生の酸いも甘いも知り尽くしたような歌詞を紡げるあたり、まさに天賦の才を持ったアーティストだったのだろう。彼は大阪に生まれ大阪に没しており、蒲田と特に接点があったわけではない。ただ、ここ蒲田にも、酒に救いを求める不器用な男と正直になれない女は沢山いただろうし、彼が力強い声で歌い上げるこの歌は、まさしく昭和の活気と勢いに満ちた、かつてのこの街の情景を歌っているかのような気がしてならないのだ。

▲酒とこの街は切っても切れない仲にある。日が傾くころになれば、街に繰り出す人が徐々に増えてくる。

▲酒とこの街は切っても切れない仲にある。日が傾くころになれば、街に繰り出す人が徐々に増えてくる。

工場や飲食店に限らず、大手ホテルチェーン「東横イン」や、大手手芸用品店「ユザワヤ」の1号店が蒲田であるなど、蒲田発祥の企業も意外と多い。ユザワヤ蒲田店は事実上の本店であり、蒲田駅西口近くに3店舗を構えている。

▲1955年以来60年以上の歴史を有するユザワヤ蒲田店。奥に「かまたえん」の観覧車が少し見える。

▲1955年以来60年以上の歴史を有するユザワヤ蒲田店。奥に「かまたえん」の観覧車が少し見える。

東横イン1号店はJR蒲田駅西口から少し離れた住宅街との境目辺りにあるが、東横インの基本設計が固まる前からの店舗であり、看板の色や建物の見た目が違うために一見すると東横インとはわかりにくい。1号店を記念して、敢えてそのまま残しているのかもしれない。

▲「東」京と「横」浜の中間地点にあるから「東横イン」。そのため、東急東横線や「東急イン」とは関係がない。

▲「東」京と「横」浜の中間地点にあるから「東横イン」。そのため、東急東横線や「東急イン」とは関係がない。

東横イン以外にも、京急空港線の羽田空港乗り入れ(1996年)によって羽田空港の玄関口としても認知されるようになり近年になり多数のホテルが開業、羽田空港の再国際化(2010年)により国際交流拠点としての地位も高まってきている。その地位を更に向上させるべく地元・大田区が熱望しているのが、蒲蒲線こと「新空港線」の開通である。

▲京急蒲田駅前の第一京浜は2012年まで踏切があった。渋滞の原因なのは勿論、箱根駅伝の選手が足止めされる事態もあった。

▲京急蒲田駅前の第一京浜は2012年まで踏切があった。渋滞の原因なのは勿論、箱根駅伝の選手が足止めされる事態もあった。

2.「蒲蒲線」と蒲田マンション事情

蒲蒲線とは、約800m離れているJR・東急蒲田駅と京急蒲田駅を結ぶことから付いた仮称である。現在は蒲田終点となっている東急多摩川線を地下化して京急蒲田駅へと延伸する計画で、京急空港線へ乗り入れて羽田空港へ直通する構想もあるが、車両の規格の差が大きい為にこれは検討課題とされ、当面は蒲田―京急蒲田1区間の延伸を目標とし、2030年代の開業を目指すこととなった。1,360億円の建設費は7割を大田区、3割を都が負担することで合意し、10月に整備主体の第三セクター「羽田エアポートライン株式会社」が大田区・東急電鉄合同で設立された。長年の構想であったが、実現に向けて大きく前進した形だ。

▲東急多摩川線蒲田駅の駅名標。終点のため、現在は隣駅が空白。延伸時は地下化されることになる。

▲東急多摩川線蒲田駅の駅名標。終点のため、現在は隣駅が空白。延伸時は地下化されることになる。

現在の東急多摩川線は、多摩川駅で接続する東横線・目黒線への直通運転はなく、3両編成の小さな電車が蒲田―多摩川間を往復するのみであるが、もともとは「目蒲線」として目黒―多摩川―蒲田を結んでいた。2000年に目黒側が「東急目黒線」として地下鉄南北線・都営三田線への直通運転を始め、地下鉄線―目黒―多摩川―武蔵小杉(2008年に日吉へ延伸)を結ぶこととなり、蒲田側が独立した格好となったのが現在の多摩川線である。

▲蒲田駅の隣、矢口渡駅に到着する多摩川線。途中駅はこうした小さな駅が多く、生活感豊か(2019年8月撮影)

▲蒲田駅の隣、矢口渡駅に到着する多摩川線。途中駅はこうした小さな駅が多く、生活感豊か(2019年8月撮影)

京急蒲田への接続が実現した際には、東急線から羽田空港への利便を図るべく、一部は「目蒲線」時代のように目黒線目黒および南北線・三田線方面、また目蒲線時代には実現しなかった東横線渋谷方面へも直通運転が行われると想定されている。しかし、東横線・目黒線とも「東急新横浜線」を介した相鉄線への直通運転が2023年から始まるために増発の余地は少なく、現状では東横線・目黒線への直通運転は確定していない。鵜の木駅などは両端を踏切に挟まれているため各停は3両編成が限界であり、直通運転は線内途中駅通過の急行のみとなる可能性もある。

▲東急線は京急蒲田駅地下への乗入れが想定される。高架の京急線とは乗換えにやや時間がかかることに

▲東急線は京急蒲田駅地下への乗入れが想定される。高架の京急線とは乗換えにやや時間がかかることに

現在、両駅間は京急蒲田商店街「あすと」をはじめ複数の商店街で連絡しているが、徒歩10~15分かかる上にアーケードは京急蒲田駅寄りにしか整備されていない上、道中は雑多かつ狭小な老朽建築物が多く、乗換駅とは言い難い距離感である。それでも、特に東急線から羽田空港へは、運賃・所要時間とも徒歩連絡の時間を含んでなお有利となる場合が多く、両駅間は人通りが絶えない。ゆえに飲食店が軒を連ね、夕方ともなれば数々の赤提灯が点り、道行く人を酒場へと誘うのであるが。

▲京急蒲田商店街「あすと」。蒲田駅~京急蒲田駅830mのうち、屋根があるのは「あすと」の約270mのみ。

▲京急蒲田商店街「あすと」。蒲田駅~京急蒲田駅830mのうち、屋根があるのは「あすと」の約270mのみ。

蒲蒲線が開通すれば商店街の人通りが減少し、商店街の賑わいが失われてしまうのでは…と危惧する声もあるが、そもそも空港関係の乗換客は時間に余裕がないし、赤提灯に吸い寄せられる客層とはあまり被らないだろう。先述したように工場をはじめとした勤め帰りの人や、近隣住民も多い。なにより高密度の飲食店の集積自体がこの街の大きな魅力なのだし、心配は杞憂のように思われる。むしろ蒲田の街の地位が向上することで、さらに多様な人々を呼び込めるのではないだろうか。大田区が7割もの建設費を負担してでも蒲蒲線建設に情熱を傾けるのは、まさにこのためだろう。

▲京急蒲田商店街「あすと」の地面に埋め込まれた駅の案内。乗換え客の多さを物語っている。

▲京急蒲田商店街「あすと」の地面に埋め込まれた駅の案内。乗換え客の多さを物語っている。

現状、JR蒲田駅周辺はあまり高層マンションが無く、築浅マンションはどちらかというと京急蒲田駅周辺に多い。京急蒲田駅デッキ直結の「プラウドシティ蒲田」(野村不動産・住友商事、2015年竣工、20階建320戸)、京急蒲田商店街あすとに接して「リビオ蒲田ザ・ゲート」(日鉄興和不動産、2022年竣工、13階建107戸)、「エクセルダイア蒲田ネクスト」(東邦ハウジング、2013年竣工、14階建140戸。東邦ハウジング本店を兼ねる)、パークタワー東京フロント(三井不動産他、2004年竣工、23階建159戸)などが建つ。

また、駅北側の多摩堤通り沿いにも「ザ・レジデンス蒲田アイリスコート」(新日鉄興和不動産・双日新都市開発、2016年竣工、12階建82戸)、「イニシア蒲田アイリスフォート」(コスモスイニシア、2014年竣工、15階建49戸)、「ローレルコート蒲田」(近鉄不動産、2014年竣工、14階建50戸)、「ル・サンク アイリスタワー」(NIPPOコーポレーション、2005年竣工、20階建207戸)などが並ぶ。

南側の環八通り側にも「グランイーグル蒲田ネオハート」(グランイーグル、2012年竣工、15階建45戸)などが建つが、環八通り沿いのマンションはそこまで多くない。京急蒲田駅から東に進んだ西糀谷にも「ライオンズ蒲田レジデンス」(大京・大京穴吹不動産、2020年竣工、7階建33戸)、「ブリシア蒲田」(ブリス、2019年竣工、8階建31戸)など、主に町工場跡地が中小規模マンションになる例が増えてきているが、ここまで来ると京急蒲田駅徒歩10~15分ではあるが、JR蒲田駅へはバス利用となる。

ここまで紹介したマンションのうち、JR蒲田駅最寄りとなるマンションは「イニシア蒲田アイリスフォート」くらいしかなく、JR蒲田駅側はその多くがワンルームマンションだが、これは東口・西口とも密集した歓楽街を構成しており、歓楽街独特のにおいも立ち込め、深夜に至るまで人通りが絶えず、住環境としてあまり好適とは言えないことによる。赤提灯が並ぶ街並みは実に魅力的なのだが、それと”良好な住環境”はなかなか両立するものではない。

▲蒲田駅西口の東急線付近。駅近くは子育て向きとは言い難い環境ゆえ、殆どがワンルームマンション。

▲蒲田駅西口の東急線付近。駅近くは子育て向きとは言い難い環境ゆえ、殆どがワンルームマンション。

3.「蒲蒲線」と蒲田のこれから

もともと大田区は”大”森区・蒲”田”区の合併(1947)で成立した区だが、合併当初は大森の人口が大きく上回っていた。東急池上線も元は蒲田ではなく、池上から池上通りに沿ってまっすぐ大森へ向かう計画であったが用地取得がうまくいかず、蒲田へ変更した経緯がある。池上線が池上―蒲田間で急なカーブを2回繰り返す不自然な線形なのは、元はこちらが支線として計画された名残である。しかしながら、大田区役所の蒲田駅東口移転(1998)、高砂香料工業東京工場跡地→大田区民ホール「アプリコ」・ニッセイアロマスクエアビルへの再開発完成(1998)、牧田(まきた)総合病院の大森→蒲田駅西口移転(2021)など、蒲田は大田区の政治・経済の中心地としての重要度が高まってきている。この流れを蒲蒲線開通が更に加速させるであろうことは疑いようがない。

▲大森から蒲田へ移転した牧田総合病院。蒲田駅西口徒歩5分と近く、区内一円からの通院も便利になった。

▲大森から蒲田へ移転した牧田総合病院。蒲田駅西口徒歩5分と近く、区内一円からの通院も便利になった。

▲蒲田駅東口すぐ前にある大田区役所。もともと大森と蒲田の中間にあったが、1998年に移転してきた。

▲蒲田駅東口すぐ前にある大田区役所。もともと大森と蒲田の中間にあったが、1998年に移転してきた。

現状、大田区内はJR京浜東北線・京急本線を軸に、蒲田駅から西へ東急、京急蒲田駅から東へ京急空港線が伸びており区内各所を結んでいるが、この蒲田・京急蒲田間800mが直接接続していないために、区内鉄道網のミッシングリンクとなってしまっている。蒲蒲線開通はとかく空港関連が取り上げられがちだが、区内を鉄道でくまなく結び、交流を促すといった役割も担うものだ。田園調布、久が原、山王といった高級住宅地を多く抱える大森と、気っ風のいい下町気質が残る蒲田では、合併から70年以上を経ていまだに融和が進んでいるとは言い難い面も見られる。

▲蒲田駅西口商店街「サンライズモール」。実に味のある景色だが、やや時代がかった感は否めない。

▲蒲田駅西口商店街「サンライズモール」。実に味のある景色だが、やや時代がかった感は否めない。

▲商店街には多種多様な店が並び、地元住民の生活を支えている。親しみやすい雰囲気に満ちている。

▲商店街には多種多様な店が並び、地元住民の生活を支えている。親しみやすい雰囲気に満ちている。

▲飲食店が密集する土地柄ゆえ、こうしたプロ向けの食器や食材を扱う店も数多い。

▲飲食店が密集する土地柄ゆえ、こうしたプロ向けの食器や食材を扱う店も数多い。

しかしながら、蒲蒲線開通によって田園調布や久が原に住まう人々が羽田空港で働くといったことも起こりやすくなるだろう。羽田空港と対岸の川崎市殿町(キングスカイフロント)を結ぶ「多摩川スカイブリッジ」が2022年に開通したこともあり、大田区内は多様な人材の交流が今以上に進んでゆき、地域の融和にも資するはずだ。

▲JR蒲田駅~羽田空港を結ぶ京急バス(蒲95)。30分間隔だが、徒歩移動の不便さが無いので利用は多い。

▲JR蒲田駅~羽田空港を結ぶ京急バス(蒲95)。30分間隔だが、徒歩移動の不便さが無いので利用は多い。

▲羽田空港と川崎市殿町を結ぶ「多摩川スカイブリッジ」。産業競争力強化が期待される。(2022年3月)

▲羽田空港と川崎市殿町を結ぶ「多摩川スカイブリッジ」。産業競争力強化が期待される。(2022年3月)

蒲田駅周辺には今のところタワマン等、目立つマンションの建設計画は無く、20階建以上のタワマンも3棟と、駅や街の規模に比して少ない。現状の蒲田駅前は東口・西口とも古いビルが多く密集し、これを再開発するのは骨が折れるでは済まない困難があるだろう。JR蒲田駅ビル「グランデュオ」は築60年以上、「東急プラザ蒲田」も築50年以上で、建替えの時期が迫っている。

▲蒲田駅東口の「グランデュオ蒲田」。区内随一の大型店だが、1962年築のため老朽化が進んでいる。

▲蒲田駅東口の「グランデュオ蒲田」。区内随一の大型店だが、1962年築のため老朽化が進んでいる。

ただ、それは行政としても認識しているところで、大田区としても「蒲田駅周辺再編プロジェクト」を策定し、蒲蒲線開通に向けた地区全体の刷新を計画している。蒲蒲線開通によって東急多摩川線ホームが地下化され、地上ホーム跡地が生まれるのを機に、老朽化した駅ビルの建替えから、連鎖的に再開発が始まってゆくことだろう。「蒲田駅直結」のレジデンスが誕生するかもしれない。

▲蒲田駅西口の「東急プラザ蒲田」。東急線を2階に抱き込む構造のため、蒲蒲線開通を前に建替えられると思われる。

▲蒲田駅西口の「東急プラザ蒲田」。東急線を2階に抱き込む構造のため、蒲蒲線開通を前に建替えられると思われる。

2022年1月に発表された「蒲田駅周辺地区基盤整備方針」では、「周辺基盤施設整備と連携した駅ビルの建て替えにより、駅前空間を充実させる」との文言があるが、これはグランデュオと東急プラザのことを指しているとみていいだろう。東京に最後まで残った屋上観覧車として知られ、東急プラザのシンボルとなっている「かまたえん」の観覧車も、営業終了の噂が出ては地域の要望に応えて存続し…を繰り返しているが、今度こそ本当に終焉が迫っているのかもしれない。

▲「かまたえん」の屋上観覧車。今や東京で「屋上観覧車」を体験できるのはここしかない。

▲「かまたえん」の屋上観覧車。今や東京で「屋上観覧車」を体験できるのはここしかない。

しかし、それによって赤提灯が点る蒲田の風情が失われるようなことがあれば、それは元も子もない。ただ、古いビルが密集する古びた街並みというのは、災害への備えといった点で脆弱なのもまた事実ではある。コロナ前は「羽田空港に一番近い日本の繁華街」を楽しむ外国人の姿も多く見られた。蒲蒲線が開通する2030年代、蒲田はどうなっているだろうか。今の成熟した街並みも良いが、やはりそこは「生くる蒲田 若き蒲田」であり、東京の玄関口たる「とこしえの憧れ」であってほしい。

▲一朝一夕に造れないこの景色と、災害対策としての再開発を両立する方法はないものだろうか。

▲一朝一夕に造れないこの景色と、災害対策としての再開発を両立する方法はないものだろうか。

※特記以外の画像は2022年11月筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。

 

参考:2022/6/6 日本経済新聞 羽田空港連絡の「蒲蒲線」30年代開業 大田区と東京都が合意

   2022/10/4 Sirabeeニュース 蒲田駅で目撃された驚きの光景、その正体に目を疑う… 有識者は「この街の日常」

佐伯 知彦

賃貸不動産経営管理士

佐伯 知彦

大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。

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小岩駅・京成小岩駅――"100年栄える再開発"(東京都江戸川区/JR中央・総武線各駅停車、京成本線)②未来編

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小岩駅・京成小岩駅――江戸川の流れと共に…"100年栄えるまちづくり"(東京都江戸川区/JR中央・総武線各駅停車・京成本線)①歴史編

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【恵比寿~代官山編】たまに訪れるだけではもったいない!非日常と日常の良いとこどり。この街のマンションに住むってどんな人?

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