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更新日:2025.01.24
登録日:2025.01.24

南船橋駅――船橋ヘルスセンター→ららぽーと→IKEA→LaLa arenaへ…時代に応じた大規模集客施設を取り揃えて魅力を磨く街のいま(千葉県船橋市/JR京葉線・武蔵野線)

南船橋駅――船橋ヘルスセンター→ららぽーと→IKEA→LaLa arenaへ…時代に応じた大規模集客施設を取り揃えて魅力を磨く街のいま(千葉県船橋市/JR京葉線・武蔵野線)

 “○○がある街”というイメージが定着している街は、たとえ街や不動産に興味がなくとも世間の知名度が高いという点で、不動産取引においてアドバンテージを持つ。例えば、“東京ディズニーリゾートがある街”といえば“千葉県浦安市”の「舞浜」、“【日本最大のショッピングモール】イオンレイクタウンがある街”といえば“埼玉県越谷市”の「越谷レイクタウン」であるように。広域の集客力を持つ大型ショッピングモールがある街はメディアの露出も多く、“住みたい街”というイメージもつきやすい。

 そうした中、国内屈指の人気を誇る“ららぽーと”1号店、そして“IKEA”1号店のある街といえば、ご存知だろうか。私の所感としては、商業施設の知名度があまりに高すぎて、その街の地名・駅名の知名度が追いついていない印象を受ける。その街は“ららぽーと”と“IKEA”ができる前から、その時代に応じた大型集客施設を取り揃えてきたという、珍しい系譜を辿ってきた。そして令和に至る今、いよいよ“住みたい街”としても評価が高まりつつある。今回は、今まで“住みたい街”でなかったのが不思議なくらいの街「南船橋」を歩き、街の変化に思いを致してみよう。

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1.南船橋のはじまり

生まれながらの行楽地…谷津遊園から船橋ヘルスセンターへ

JR京葉線沿線は大部分が昭和期の埋立地であり、それ以前の歴史はほぼ存在しない。よって、歴史といっても昭和中期以降となる。「南船橋」駅開業は1986年のことで、1950年代の埋立開始から駅開業までは“若松町”と呼ばれたが、海岸沿いの松林になぞらえた瑞生地名であるのは言うまでもない。概ね現在の京葉道路(高速)が埋立開始前の海岸線であり、海岸線をなぞるように京成線が開通したのは1921(大正10)のことで、同時に“谷津海岸”駅(現『谷津』)も開業した。

▲現在の京葉道路と船橋港。かつての海岸線は殆ど失われたが、港町の風情に名残が感じられる。

▲現在の京葉道路と船橋港。かつての海岸線は殆ど失われたが、港町の風情に名残が感じられる。

 それまで海岸線沿いにひたすら塩田が広がっていたところ、電車開通によって東京から気軽に訪れることができる海浜リゾート地として発展。京成電鉄も自らレジャー開発に乗り出すこととなり、1925年に開園したのが“谷津遊園”である(1982年閉園)。ただ、元が塩田だった土地を転用して造ったため、“谷津海岸駅”から谷津遊園までは直線距離こそ近かったものの、直行できる道路がなかった。行楽客の便を図るため、“谷津海岸駅”の手前から分岐して遊園地前まで直行する支線(※)を造ることとなり、1927年に“谷津遊園地駅”と共に分岐点として開設されたのが“花輪駅”(現『船橋競馬場』)である。

(※)…追加の埋立てによって“谷津海岸駅”から300mで谷津遊園に至る道路が開通したため、谷津支線は1934年に廃止されたが、“花輪駅”は存続した。

▲京成本線「大神宮下」駅近く、海老川に架かる国道14号(千葉街道)“船橋橋”。船橋市街地と船橋大神宮(意富比神社)は海老川で隔てられていたが、川の流れが大変早く、一般的な橋が建造できなかった。そのため、舟を並べて間に板を渡し、浮橋としたのがここだった。「船橋」の地名はこの小さな橋が発祥なのだ。

▲京成本線「大神宮下」駅近く、海老川に架かる国道14号(千葉街道)“船橋橋”。船橋市街地と船橋大神宮(意富比神社)は海老川で隔てられていたが、川の流れが大変早く、一般的な橋が建造できなかった。そのため、舟を並べて間に板を渡し、浮橋としたのがここだった。「船橋」の地名はこの小さな橋が発祥なのだ。

 戦後に谷津遊園の西隣の埋立てが始まり、かつての海岸線沿いに並んでいた松林になぞらえ“若松町”と命名された。この若松町のうち、“花輪駅”のすぐ近くに船橋競馬場が開設されたのは1950年のことで、同時に“花輪駅”は“船橋競馬場前駅”に改称。谷津遊園や谷津海岸への行楽客に加え、競馬場目当ての乗客も京成線を利用するようになり、若松町周辺は週末のレジャースポットとして発展していく。若松町埋立ての5年後、更に西隣の埋立てが完了し“浜町”と命名される。ここに1955年に開業したのが今なお語り継がれる一大レジャースポット“船橋ヘルスセンター”である。

▲現在の船橋競馬場。冬の晴れた日には筑波山を望む。

▲現在の船橋競馬場。冬の晴れた日には筑波山を望む。

 埋立ての最中に偶然湧出した温泉と天然ガス井(せい)の活用を船橋市が検討していたところ、これに目を付けたのが甲州財閥の流れを汲む丹沢善利(たんざわ・よしとし)氏。温泉と遊園地を組み合わせた海浜レジャー施設を考案、自ら“朝日土地興業”を起業し、法被姿で陣頭指揮を執ったという。1963年には船橋ヘルスセンター最寄り駅であることを強調するため、京成線“船橋競馬場前駅”が“センター競馬場前駅”に改称されている。行楽シーズンには1日で10万人が詰めかけたというから(東京ディズニーリゾートの上限が約12万人)、すぐ隣の谷津遊園と合わせて、その集客力の凄まじさがわかる。

▲現在の千葉トヨペット本社は、かつての谷津遊園“楽天府”を移築したもので、現在もなお荘厳さを失っていない。元を辿ると日本勧業銀行本店として1899年に建てられたもので、戦中は千葉市役所として使用される等、数奇な運命を辿った。

▲現在の千葉トヨペット本社は、かつての谷津遊園“楽天府”を移築したもので、現在もなお荘厳さを失っていない。元を辿ると日本勧業銀行本店として1899年に建てられたもので、戦中は千葉市役所として使用される等、数奇な運命を辿った。

 だが、レジャー施設としての最盛期は1970年頃であった。1960年代以降、船橋市は東京のベッドタウンとして“5年で10万人増”という猛烈なペースで人口増加が進み、1960年に13.5万人だったのが、1975年には42.3万人にまで増加している(2024年現在は64.8万人)。京成線沿いの海岸近くもあっという間に住宅地に変わっていく。同時に問題となったのが、過剰な温泉水と天然ガス井の汲み上げによる地盤沈下であった。また、実質的オーナーの丹沢氏が不祥事によって1965年に会社を追われたこともあり、最後まで入場者数は順調であったというが、もはや事業継続は困難であった。

▲広大なららぽーとの敷地。かつてはここが全て“船橋ヘルスセンター”だった。

▲広大なららぽーとの敷地。かつてはここが全て“船橋ヘルスセンター”だった。

 このため、千葉県内の東京湾岸埋立て事業に注力していた三井不動産が後を引き受けることとなり、1970年に朝日土地興業は三井不動産へ合併。船橋ヘルスセンター関連の事業は三井不動産100%出資による“株式会社船橋ヘルスセンター”に移管されたのち、1977年に船橋ヘルスセンターは閉園。また、谷津遊園も更なる埋立地の拡張によって“海浜レジャースポット”としての存続が厳しくなったこと、および成田空港問題に端を発する京成電鉄の経営悪化などにより、こちらも1982年に閉園している。

▲現在の「京成船橋」駅。かつては地上駅で踏切渋滞が深刻化していたが、2006年に高架化。当時の京成電鉄はこうした成田空港関連の大型投資が開港の遅れによって回収できず、資金繰りが極度に悪化していた。

▲現在の「京成船橋」駅。かつては地上駅で踏切渋滞が深刻化していたが、2006年に高架化。当時の京成電鉄はこうした成田空港関連の大型投資が開港の遅れによって回収できず、資金繰りが極度に悪化していた。

 なお、朝日土地興業・三井不動産・京成電鉄の三社は共同で(株)オリエンタルランドを1960年に設立、船橋ヘルスセンター・谷津遊園閉園後の1983年には東京ディズニーランドをオープンさせており、当初はこの2施設から転籍した社員も多かったという。船橋ヘルスセンターと谷津遊園の血脈は、今なお世界有数の遊園地として君臨する東京ディズニーリゾートに引き継がれているといえるだろう。

▲東京ディズニーリゾート最寄りの「舞浜」。「南船橋」とは同じ京葉線で結ばれる。

▲東京ディズニーリゾート最寄りの「舞浜」。「南船橋」とは同じ京葉線で結ばれる。

2.南船橋の発展

若松団地の開発と「南船橋」駅開業

 船橋ヘルスセンターのオープンから10年後、1965年頃に若松町・浜町の海側拡張埋立てが完了。競馬場南側の若松二丁目に建設されたのが「日本住宅公団若松二丁目団地」(若松団地)であり、1969年に入居開始している。また、ヘルスセンター南側の浜町二丁目は船橋ヘルスセンターの遊覧飛行場および船橋サーキット(※)となり、ヘルスセンターの面積は従来の二倍以上に拡大することとなった。若松団地の入居開始に前後して、国道357号(東京湾岸道路)が1970~1975年頃にかけて順次開通しており、現在の南船橋周辺を形成するインフラは若松団地とほぼ同時に整備されたと言えるだろう。しかし、この段階の若松団地は“ヘルスセンターの向こう”でしかなく、最寄りの“センター競馬場前駅”からも徒歩20~25分を要する不便な地であった。このため、交通は国鉄「船橋」駅~“センター競馬場前駅”~船橋ヘルスセンターを結んでいた京成バスを団地内に引き込んで対処した。

(※)東急系の多摩川スピードウェイ(→二子玉川園)、鈴鹿サーキットに続く本格的なF1サーキットとして、1965年に開業。しかし都市部に近すぎて十分な用地を確保できなかったこと、また朝日土地興業の経営悪化から、当時競馬場内に併設されていた船橋オートレース場を当地に移転させて活用を図ることとなり、僅か2年後の1967年に閉鎖。翌1968年には新生・船橋オートレース場がオープンしたが、オートレース人気の衰退と施設老朽化により2016年に閉鎖。跡地は三井不動産による物流施設(MFLP船橋)および地域貢献施設(アイスパーク船橋=スケートリンク、ふなっしーパーク等)になっている。

▲若松団地の全景。時代に応じて外壁が塗りなおされているものの、基本は50年以上変わらない。

▲若松団地の全景。時代に応じて外壁が塗りなおされているものの、基本は50年以上変わらない。

 ただ、肝心の鉄道はなかなかやってこなかった。ほぼ同時期に海浜ニュータウン(『検見川浜』―『稲毛海岸』周辺、1973年入居開始)の造成が行われたが、当初のプランは国鉄が計画する貨物線と、旅客線として地下鉄有楽町線を並行して海浜ニュータウンまで建設するという壮大なもので、どの会社がどこまで整備するかの調整に難儀したためである。そのため、総武線の飽和状態を一刻も早く何とかしたかった国鉄貨物線の建設が先行し、1975年には日本鉄道建設公団の手により「千葉貨物ターミナル」―「蘇我」が貨物線として開通、京葉線が産声を上げている。しかし、時を同じくして鉄道貨物輸送が衰退し、総武線の貨物列車が削減されて貨物線の必要性が薄れたこと、成田空港の開港が遅れる代償として(※)県が京葉線の早期開通および旅客化を要請したこと、成田新幹線の建設断念によって成田新幹線東京駅のスペースが空いたことが重なり、建設途中の京葉(貨物)線を旅客線に変更するとともに、「新木場」から成田新幹線「東京」駅までの新線を追加することで、京葉線が海浜ニュータウンへの通勤輸送を担うこととなった。このため有楽町線はサブルートの役回りとなり、京葉線が合流する「新木場」が終点となることで落ち着いた。

▲かつて若松団地・船橋ヘルスセンターの輸送を担った京成バス船71系統:「南船橋」―「京成船橋」。1日数本が残るのみとなった

▲かつて若松団地・船橋ヘルスセンターの輸送を担った京成バス船71系統:「南船橋」―「京成船橋」。1日数本が残るのみとなった

(※)成田空港は当初1971年の開港を目指していたが、いわゆる成田空港反対運動に起因する開港の遅れが響き、千葉港から敷設する燃料パイプラインの建設が1978年の開港に間に合わなかった。このため国鉄成田線および鹿島線を経由する燃料輸送列車が暫定的に運行されたが、京成スカイライナーの車両が反対派の焼き討ちに遭うなど反対闘争が過激化していたことから、航空燃料を満載する貨物列車は格好の標的になる危惧があった。膠着していた海浜ニュータウンの鉄道建設が京葉貨物線の旅客化と早期開通で落ち着いたのは、“燃料輸送列車の走行による迷惑料”という面も無視できないものである。

 若松団地の入居開始から17年後となる1986年、ようやく京葉線「西船橋」―「南船橋」―「千葉みなと」が第1期開業を迎え、日中20分毎に各駅停車が走り始めた。「西船橋」で相変わらず総武線(または地下鉄東西線)へ乗り換えなくてはならなかったものの、若松団地の目の前に「南船橋」駅が設けられたことで、船橋市街地の渋滞に巻き込まれずに東京都心へアクセスできることとなったのだ。実に船橋ヘルスセンターの閉鎖から9年後のことであった。追って1988年には第2期となる「南船橋」―「新木場」が延伸、「新木場」で地下鉄有楽町線と接続したことで、とりあえず東京都心への足が確保された。1990年には第3期となる「新木場」―「東京」が延伸し、念願の「東京」駅直通を果たしている。「東京」延伸開業を機に特急「わかしお」「さざなみ」・快速の運転も始まり、総武線に次ぐ第二のルートとしての地位を開業4年で確立することとなった。

▲紆余曲折を経てようやく開業した京葉線「南船橋」駅。“ららぽーと”の玄関口といえばここ

▲紆余曲折を経てようやく開業した京葉線「南船橋」駅。“ららぽーと”の玄関口といえばここ

 ただ、「東京」延伸の1990年時点では「南船橋」はおろか「海浜幕張」すら快速は通過で、快速は「新浦安」を出ると海浜ニュータウン東の中心「検見川浜」まで止まらなかった。幕張新都心をはじめとする沿線開発が海浜ニュータウンくらいしか進んでいなかった様子が見て取れる。一方で、この頃はバブル期の地価高騰が頂点を迎えている頃でもあり、終点「蘇我」の更に先、外房線「土気」を最寄りとするニュータウン“あすみが丘”が超高級住宅地として話題をさらっていた(別名“チバリーヒルズ”)。そのため、京葉線内を殆ど通過する“通勤快速”がコロナ禍まで運転されていたように、通過するだけの乗客も多く、快速の通過駅を多くして速達性を担保する必要性があったのもまた然りである。

▲「稲毛海岸」駅前の大型商業施設“マリンピア”。イオン稲毛海岸店を中核とし、今なお海浜ニュータウンの中心的な存在。

▲「稲毛海岸」駅前の大型商業施設“マリンピア”。イオン稲毛海岸店を中核とし、今なお海浜ニュータウンの中心的な存在。

 とはいえ、「海浜幕張」(1991年)、「南船橋」・「千葉みなと」(2002年)と、幕張新都心をはじめとする沿線の発展と共に快速停車駅は徐々に増加。また、2002年には武蔵野線⇔京葉線「海浜幕張」までの直通電車が朝・夕~夜に走り始めた(それまでは『西船橋』で相互に折り返していた)のに合わせ、日中も武蔵野線⇔京葉線乗り換えの便を図るため「西船橋」止まりだった武蔵野線が「南船橋」まで延長。快速停車駅となったこともあり「南船橋」は若松団地以外のマンション開発も徐々に進展。駅開業の1986年時点では3,500人/日程度だった乗車人員(乗車のみなので乗降はほぼ2倍)も、マンション開発が進展した2015年段階では21,000人/日以上となり、海浜ニュータウンの「検見川浜」「稲毛海岸」を上回った。京葉線全体でも18駅中8位と中位につけるまでに成長している。

▲夕刻の「西船橋」で接続する武蔵野線(左)と京葉線(右)。両者の直通運転は年々拡大される傾向にある。

▲夕刻の「西船橋」で接続する武蔵野線(左)と京葉線(右)。両者の直通運転は年々拡大される傾向にある。

「南船橋」南口(IKEA側) 周辺のマンション

ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW

JR京葉線「南船橋」徒歩5分 船橋市浜町2丁目 2007年1月竣工/22階建1,211戸

売主:ゼファー・創建ほか2社/施工:ゼファー/分譲時平均坪単価128万円

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    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

    ▲ワンダーベイシティSAZAN FW・GE・SW・GW(当社マンションデータベースより)

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グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND

JR京葉線「南船橋」徒歩8分 船橋市浜町2丁目 2008年2月竣工/22階建684戸

売主:クレセントハイツグローバルセール/施工:ゼファー/分譲時平均坪単価156万円

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    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

    ▲グランドホライゾン・ト-キョ-ベイ GRAND SUN・EARTH・WIND(当社マンションデータベースより)

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ウエリス南船橋

JR京葉線「南船橋」徒歩9分 船橋市高瀬町 2008年7月竣工/10階建107戸

売主:エヌ・ティ・ティ都市開発/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価154万円

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    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲ウエリス南船橋(当社マンションデータベースより)

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ららぽーとTOKYO-BAY、IKEA TOKYO-BAYの開発

 現代の「南船橋」を語る上で外せないのが、この2つの大型商業施設。まず“ららぽーとTOKYO-BAY”であるが、これは1981年、三井不動産の商業施設“ららぽーと”の1号店として“ららぽーと船橋ショッピングセンター”の名で開業しており、その歴史は京葉線開通前から始まるという、SC界では老舗と言えるもの。かつて名を馳せた船橋ヘルスセンターの閉鎖後、三井不動産がその跡地活用を模索し、自動車での来館を重視した郊外型SC開発を決定。ちょうど1982年には成田空港アクセスを主眼とする東関東自動車道(当初は“新空港自動車道”)と湾岸市川インターがすぐ近くに開通しており、東京方面からのカーアクセスが飛躍的に向上したという時期の良さもあった。また運営会社は三井不動産直営でなく、当初は“(株)船橋ヘルスセンター”がそのまま担い、開店後の1984年に“(株)ららぽーと”に称号を変更したという経緯を持つ(現在は三井不動産商業マネジメント。2010年まで本社は船橋だった)。“ららぽーと”は今や各地に存在するが、“ららぽーと”の“ぽーと”はすぐ近くの船橋港に因むもので、運営会社といいその名前といい、あまり知られていないが地元・船橋に根差した存在なのだ。

▲「南船橋」駅側エントランス。併設のオフィス(ららぽーと三井ビルディング)は千葉県内における三井不動産の拠点

▲「南船橋」駅側エントランス。併設のオフィス(ららぽーと三井ビルディング)は千葉県内における三井不動産の拠点

 敷地面積171,000㎡、延べ床面積256,000㎡はららぽーとの中でも最大(業界内ではイオンレイクタウン、イオンモール幕張新都心に次ぐ第3位)。売上高はラゾーナ川崎プラザに次ぐ社内第2位。来場者数は年間2,500万人に及び、首都圏有数の集客力を誇る。小売店のみならず映画館、温浴施設・ホテル・ゴルフ場(閉鎖済)など、船橋ヘルスセンターを引き継ぐ体験型施設が多いのも特徴であり、中でも最大かつ最も有名なのは“ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)”であろう。標高100m、長さ500mにおよぶ巨大な屋内スキー場で、折からのスキー・スノボブームに乗って1993年にオープン。一年中滑走を楽しめるとあって、東京ディズニーランドと一緒に観光を楽しむ向きも多かったという(2002年閉鎖)。

▲広大な敷地を誇るららぽーとTOKYO-BAY。駅から離れているシネコン側は「船橋競馬場」行無料送迎バスが発着する

▲広大な敷地を誇るららぽーとTOKYO-BAY。駅から離れているシネコン側は「船橋競馬場」行無料送迎バスが発着する

 2021年には北に隣接する競合店舗“ビビット南船橋”もキャピタランド・ジャパン(シンガポールの不動産投資会社)から三井不動産商業マネジメントが運営受託し、事実上のららぽーと別館として更なる拡大が図られた。更に2024年現在は“北館”の2→3階建への建替えが進んでおり、2025年秋に増床オープン予定。建替え中の仮店舗として一部テナントが“ビビット南船橋”へ移転したり、三井ショッピングパークポイントを共通で導入したりと、“ららぽーとTOKYO-BAY”との一体化が進んでいる。

▲建替えが進められている北館。2025年秋オープン予定とアナウンスされている

▲建替えが進められている北館。2025年秋オープン予定とアナウンスされている

 これに加え、2024年に「南船橋」駅前にオープンしたのが“ららテラス TOKYO-BAY”。「南船橋」から動く歩道(LaLa Street)で結ばれているとはいえ、徒歩5分ほどかかる“ららぽーとTOKYO-BAY”に対し、こちらは駅改札口と直結している。“ららテラス”は中小型店のブランドで、大型店の“ららぽーと”とは差別化がなされており、テナントもスーパー、ドラッグストア、クリニック、ファミレス等、普段使いのものが中心。“ららぽーと”とは十分共存できるだろう。

▲ららテラス TOKYO-BAY。駅直結のロケーションで、ららぽーととは差別化が図られている。

▲ららテラス TOKYO-BAY。駅直結のロケーションで、ららぽーととは差別化が図られている。

 そして「南船橋」の知名度を高めたもう一つの大型店が“IKEA TOKYO-BAY”。かつてIKEAは東急百貨店等と組んで短期間日本で出店していたこともあったが振るわず(1981~1986年にららぽーとにも出店していた)、2006年に再進出を果たし、その1号店となったのが「南船橋」のザウス跡地であった。IKEAの特徴としてDIYを重視しており、大型家具であっても“フラットパック”と呼ばれる単純な梱包を資材エリアから自力でカートに積み込み、自らのクルマで持ち帰るというスタイルがあり、南船橋はららぽーとと同様、東関東道・国道357号(東京湾岸道路)沿いに立地し、東京方面からクルマでの来店にも適していたのに加え、日本の特性として電車での来店にも便利な「南船橋」駅前のザウス跡は、1号店の立地としてまさに理想の環境であったのだ。歩いても目と鼻の先の“ららぽーと”と一緒にショッピングを楽しむ向きも多く、ららぽーとにとってもライバルではなく、相乗効果を発揮することとなった。2024年現在はTOKYO-BAYに加え、全国9店舗(ほかに都市型小型店3店)に拡大しているが、“イケア・ジャパン”の本社は変わらず南船橋に置かれているあたり、IKEAにとっても船橋の重要性は揺らいでいないということになるだろう。

▲IKEA TOKYO-BAYの全景。駅前にあり、今や「南船橋」のランドマークの一つとなっている。

▲IKEA TOKYO-BAYの全景。駅前にあり、今や「南船橋」のランドマークの一つとなっている。

「南船橋」北口(ららぽーと側) 周辺のマンション

東京ベイスクエア プリズム

JR京葉線「南船橋」徒歩8分/京成本線「船橋競馬場」徒歩8分

船橋市浜町2丁目 2002年3月竣工/20階建511戸

売主:日商岩井不動産・地産トーカンほか/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価136万円

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    ▲東京ベイスクエア プリズム(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア プリズム(当社マンションデータベースより)

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    ▲東京ベイスクエア プリズム(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア プリズム(当社マンションデータベースより)

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東京ベイスクエア ミッテ

JR京葉線「南船橋」徒歩12分/京成本線「船橋競馬場」徒歩9分

船橋市浜町2丁目 2003年3月竣工/20階建358戸

売主:日商岩井・日商岩井不動産ほか/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価133万円

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    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

    ▲東京ベイスクエア ミッテ(当社マンションデータベースより)

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サングランデ船橋宮本

京成本線「船橋競馬場」徒歩5分/JR京葉線「南船橋」徒歩16分

船橋市宮本9丁目 2015年8月竣工/10階建246戸

売主:京成電鉄/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価148万円

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    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

    ▲サングランデ船橋宮本(当社マンションデータベースより)

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3.南船橋のこれから

LaLa arena TOKYO-BAY誕生、船橋競馬場全面リニューアル

 「南船橋」のこれからを占う施設として、2024年に鳴り物入りでオープンしたのが“LaLa arena TOKYO-BAY”である。最大11,000人収容と千葉県内のアリーナ施設としては最も大規模なもので、ららぽーとの平面駐車場跡に建設された。その主眼はプロバスケットボール・Bリーグの“千葉ジェッツふなばし”の本拠地で、従来は市北部の船橋市総合体育館“船橋アリーナ”(東葉高速線『船橋日大前』徒歩9分、4,300人収容)を拠点としていたところ、更なる集客力の向上と施設の充実化を図りたい千葉ジェッツ、ららぽーとTOKYO-BAY周辺の魅力向上を図りたい三井不動産、そしてプロスポーツのマネジメントに近年注力するmixiの三者の思惑が合致したことで実現したものである。

▲LaLa arena TOKYO-BAY。「南船橋」徒歩6分とアクセスも良く、休日には各種イベントで賑わう。

▲LaLa arena TOKYO-BAY。「南船橋」徒歩6分とアクセスも良く、休日には各種イベントで賑わう。

 京葉線沿線は“幕張メッセ”をはじめとして大規模集客施設が多く、それらを目当てとする宿泊施設も多数あるため、こういった興行を受け入れる素地は多分にある。試合がない日はコンサート等が催されるほか、隣接する“ららテラス”には千葉ジェッツとのコラボカフェが入っていたり、“ららぽーと”には公式グッズショップがあったりと、千葉ジェッツのサポーターをはじめ、観客を町全体へ回遊させる仕組みができつつある。

▲ららテラスTOKYO-BAYは「南船橋」駅直結。ここを通ってアリーナへ向かうサポーターも多く、千葉ジェッツの試合日には大変賑わう

▲ららテラスTOKYO-BAYは「南船橋」駅直結。ここを通ってアリーナへ向かうサポーターも多く、千葉ジェッツの試合日には大変賑わう

 また、この地に根差して70年以上が経つ船橋競馬場も、2020年から5年をかけた大規模リニューアルが2025年春に完成する予定だ。従来は船橋市街地とのアクセスを第一義としていたため、ゲートが京成線側にしか向いておらず“ららぽーと”をはじめとする「南船橋」側への往来がやや遠回りだったが、改修によって“ららぽーと”の目の前にもゲートが設置される予定だ。近年は競馬場もイメージ一新を図り、競馬ファンでなくとも楽しめるスポットになりつつあるが、船橋競馬場もその波に乗った形だ。

▲ららぽーと前から競馬場を望む。右奥は「津田沼」の大規模マンション街。ちょうどこの道路沿いに新ゲートが設置される予定だ

▲ららぽーと前から競馬場を望む。右奥は「津田沼」の大規模マンション街。ちょうどこの道路沿いに新ゲートが設置される予定だ

若松団地建替えプロジェクト

 若松団地の入居開始から55年となり、分譲・賃貸計48棟1,334戸の大型団地もいよいよ建替えの時期を迎えている。まずは南側の分譲棟(16棟576戸)について建替え決議がまとまり、2024年中に退去が完了。2025年初頭から解体工事が始まり、2028年2月の竣工を目指すという。建替えは二段階となり、第1期として西半分に3棟計1,006戸(各12~15階建)のマンションを建築したのち、第2期に東半分へ約300戸のマンションを建築する計画となっている。駅側の賃貸棟はまだ建替え等の正式な発表はないが、分譲棟建替え期間中の仮住まいを確保する観点から、賃貸棟の建替えは分譲棟の建替え完了後の着手となるだろう。この場合も敷地を分割し、建替え中の仮住まいを確保しながらの建替えとなることが予想され、全体の完成は2040年頃になるだろうか。

▲建替えを間近に控える若松団地。後ろには20階建大規模マンションが林立する(当社マンションデータベースより)

▲建替えを間近に控える若松団地。後ろには20階建大規模マンションが林立する(当社マンションデータベースより)

 これだけの大規模プロジェクトとなると一社で完遂するのは難しく、野村不動産を主幹事とし、日鉄興和不動産・旭化成不動産レジデンス・三井不動産レジデンシャルのJV(ジョイントベンチャー)がプロジェクトを担う。こういった場合は主幹事社のブランドがマンション名に取り入れられる例が多いので、おそらく“プラウドシティ南船橋”となるだろうか。分譲棟は最も駅に近い街区で約300m(徒歩4分)、遠い街区だと700m(徒歩9分)ほど離れるが、京葉線沿線において駅徒歩4~10分以内の約1,300戸もの分譲マンションの供給はなかなか珍しく、“プラウドシティ南船橋”の分譲が始まる頃(2026年?)には「海浜幕張」の“幕張ベイパーク”の分譲もほぼ終了していると思われ、顧客が食い合うようなこともなく、相当に注目を集めるマンションプロジェクトになるだろう。

▲いかにも公団住宅らしい団地街が広がっている。(当社マンションデータベースより)

▲いかにも公団住宅らしい団地街が広がっている。(当社マンションデータベースより)

「南船橋」南口 2020年代のマンション

パークホームズ南船橋

JR京葉線「南船橋」徒歩4分 船橋市若松2丁目 2025年2月竣工/15階建212戸

売主:三井不動産レジデンシャル/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価269万円

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    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズ南船橋(2025年2月竣工、当社マンションデータベースより)

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パークリュクス南船橋

JR京葉線「南船橋」徒歩2分 船橋市若松2丁目 2024年9月竣工/15階建133戸

売主:三井不動産レジデンシャル/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価(およそ)316万円

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    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

    ▲パークリュクス南船橋(当社マンションデータベースより)

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パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア

JR京葉線「南船橋」徒歩3分 船橋市浜町2丁目 2021年9月竣工/20階建231戸

売主:三井不動産レジデンシャル/施工:長谷工コーポレーション/分譲時平均坪単価206万円

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    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

    ▲パークホームズLaLa南船橋ステーションプレミア(当社マンションデータベースより)

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おわりに

 船橋市は人口64万人を数え、これは東京23区および政令指定都市を除く日本の自治体として最多である。街の中心にして、県都・千葉市を差し置いて“千葉で最も賑わう繁華街”とされることも多い「船橋」や、県内最多の乗降客数を誇る大ターミナル「西船橋」に比べ、「南船橋」の知名度はいま一歩及ばない。駅名が【方角】+【自治体名】でシンプル過ぎて、近隣の「海浜幕張」や「舞浜」に比べ個性が少ないからか、「南船橋」と言ってもピンと来ず「ららぽーととIKEAがあるところだよ」と言って、ようやく合点がいく人も多い。ららぽーと、IKEA、最新のLaLa arenaのどれも“TOKYO-BAY”で、どうにも「南船橋」と名乗ってくれない。

▲駅前広場。目の前は“ららテラスTOKYO-BAY”、隣は“IKEA TOKYO-BAY”。まるで“TOKYO-BAY駅”かのよう

▲駅前広場。目の前は“ららテラスTOKYO-BAY”、隣は“IKEA TOKYO-BAY”。まるで“TOKYO-BAY駅”かのよう

 そんな地味な「南船橋」ではあるが、船橋ヘルスセンター以来50年以上にわたり、三井不動産が“手塩に掛けて育ててきた街”でもある。そして、「南船橋」は単なる大型商業施設集積地というだけではなく、この街で働く人も多い。若松団地の更に船橋港寄りには“京葉食品コンビナート”が広がり、サッポロビール千葉工場を筆頭に、イオンフードサプライ(イオンのお惣菜やお弁当等を供給)やニチレイ(冷凍食品)、モロゾフ・ユーハイム(洋菓子)、キーコーヒー、ドトール、今半、京樽、紀文、フジッコといった、一般消費者にもおなじみの食品メーカーが軒を連ねている。そうした場所だけに、三井不動産も自ら物流センター(MFLP船橋Ⅰ~Ⅲ)をららぽーとに隣接して設けている。これらは大きな雇用を生み出すと共に、地域貢献施設としてスケート場(三井不動産アイスパーク船橋)や“ふなっしーパーク”が設けられているように、地域と共に歩む存在でもあるのだ。

▲ららテラス、IKEAの奥にLaLa arenaの特徴的なフォルムが映える。この街の未来は明るい

▲ららテラス、IKEAの奥にLaLa arenaの特徴的なフォルムが映える。この街の未来は明るい

 船橋ヘルスセンター以来の“遊ぶ”、そして“働く”に加え、“住まう”が大いに充実しつつあるのが、昨今の「南船橋」である。2020年代以降、駅前再開発の進展と共に三井不動産のマンションが立て続けに3棟も完成し、さらに若松団地の建替えによる“プラウドシティ南船橋”(あくまで筆者の予想です)も、着々と進行している。“遊ぶ”“働く”“住まう”が揃った街とあらば、その街である程度経済が完結する“足腰がしっかりした街”ということにもなり、注目度が高まるのは自然だろう。

 ただ、街歩きライターとしては、まるで“売れ始めたインディーズバンドの追っかけ”のように、「地味だった街が注目され始めて、嬉しいような、でも“とっておき”が“とっておき”でなくなって寂しいような…」という、複雑な気持ちでもある。

 

 まちびらきから50年、駅開設から30年を経て、三井不動産の種まきがようやく花開きつつある「南船橋」。首都圏屈指の“将来の発展が楽しみな街”と言えよう。

※特記以外の画像は2024~2025年筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。

※再開発関係の内容は、一部下記サイトを参考にしました。

佐伯 知彦

賃貸不動産経営管理士

佐伯 知彦

大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。

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