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更新日:2024.08.16
登録日:2024.08.02
妙典駅・行徳駅②未来編――江戸時代の風情を伝える“神輿のまち・行徳”…「押切・湊橋」を心待ちにする“東西線で一番新しい街”のこれから(千葉県市川市/東京メトロ東西線)
東西線の開通(1969)、新駅「妙典」の開業(2000)、妙典橋の開通(2019)によって交通不便地から脱却することができた「行徳」だが、江戸川対岸の江戸川区「瑞江」周辺へは江戸川水門の人道橋以外に直接渡る術がなく、隣接していながら双方の交流は全く無い状態が続く。今回は、その両者を結ぶ「押切・湊橋」の架橋計画が進む「行徳」「妙典」を歩きながら、街のいまとこれからを見てゆこう。
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前回「妙典駅・行徳駅①歴史編――“行徳千軒、寺百軒”…地下鉄開通がもたらした“寺町・塩の町”から住宅地への大変革(千葉県市川市/東京メトロ東西線)」はこちら
3.妙典を歩く
江戸時代の賑わいと共に…“本行徳”への玄関口・北口
さて、ここからは妙典の街を歩いてみることとしよう。まずは寺町・本行徳の中心“徳願寺”が立地する北口へ進む。徳願寺へは北口からほぼ一本道。“現代の行徳街道”、浦安市川バイパスを渡ると“寺町通り”が始まり、無電柱化され、ガードレールもなく、美しく修景された通りに変わる。この寺町通りこそがかつての“成田道”であり、「妙典」駅北側で直角に曲がって「原木中山」および船橋方面へ続いていた。現在は江戸川放水路の開削によって分断されてしまい、少し離れたところに浦安市川バイパスの新行徳橋が架けられているのは残念ではあるものの、古来より続く“成田道”の役割は浦安市川バイパスと東西線に代替され、発展的に引き継がれたとも言えるだろう。
▲「妙典」駅方向から見た寺町通り。電柱がなくなり、一方通行化で歩道を捻出。快適な歩行環境が確保された
「妙典」駅から450mほど、寺町通りを少し歩いた先に行徳寺町の中核をなす徳願寺が建つ。徳願寺のあたりで本行徳の町をうねうねと進む細い道が分かれたのち、これまた昔ながらの風情を残すバス通り・行徳街道に突き当たって“寺町通り”は終わる。この細く曲がりくねった道を“権現道”といい、かつて徳川家康が成田山参詣の折に立ち寄って休息した言い伝えが残る“法善寺”などをはじめ、道沿いに寺が密集している。“権現”とは、本来はインドから伝来した仏教の仏や菩薩が、日本の神々のかたちを伴って「仮(=権)」に「現」れたものという意味合いであり、その権現が連なる道であるから“権現道”というわけだ。
▲行徳神明神社。3年に1度の五ヶ町祭礼では中心となる神社。古くから行徳の中心となってきた。
江戸川の堤防が築かれるまではこの権現道が微高地で、自然堤防の役割を果たしていたというから、江戸幕府成立以前からある古道のようである。その権現道から更に江戸川寄りに行徳街道が並行するが、行徳街道は江戸時代に行徳—日本橋の舟運と、成田道をつなげるために整備されたのが原型である。まあ、区画整理が進められた「妙典」駅前から幾ばくも離れていないのが信じがたいほど、どちらも非常に古い道であることに変わりはない。寺町通りと行徳街道が突き当たるところが行徳神明神社(豊受神社)で、金海法印上人が伊勢神宮の土砂を祀ったという「行徳」の起源ともいえる場所。行徳町役場も長いこと神社の隣にあり、行徳町道路元標も立つなど、文字通り行徳の中心であったところであるが、現在は静かな時が流れるだけである。
▲行徳街道は歩道もない昔ながらの風情が残る。バス通りだが、こういった急カーブが連続する部分も多い。
ここから行徳街道を「行徳」駅前に向かって進んでいくと、江戸川土手の「常夜灯公園」をはじめ、かつての行徳河岸の賑わいを伝えるエリアに入っていく。その中心となるのが、行徳街道沿いの「市川市行徳ふれあい伝承館」である。元々、この地で長く神輿製作を生業とした浅子神輿店を改装したもので、2008年の廃業後に市川市が取得し、2018年7月にオープンした。浅子家の当主は代々浅子周慶を襲名し、室町時代末期より神仏具製作を家業としていたと伝わる。明治時代の神仏分離令・廃仏毀釈と前後し、東京で江戸神輿の渡御が盛んになると、神輿製作に転業したという。制作された神輿は行徳河岸から舟に載せられ、深川の富岡八幡宮(門前仲町)ほか、東京各所へと奉納されたそうだ。他にも行徳街道沿いには“後藤神輿店”があったがこちらも閉業し、現在は本塩1丁目の“中台製作所”ただ1軒が“神輿の町・行徳”の灯を守っている。中台製作所には“行徳神輿ミュージアム”が併設され、あまり知られていない神輿製作を肌で感じることができる(日曜休館)。
▲行徳ふれあい伝承館。かつての浅子神輿店をミュージアムに改装し、無料で開放されている。
神輿製作が地場産業であるように、3年に1度の行徳の祭り「五ヶ町祭礼」は知られた存在だ。上述した本行徳の“行徳神明神社”の大祭で、目を引くのは祭りのクライマックス、まだまだ祭りを終わらせたくない神輿の担ぎ手(“もみ手”という)と、つつがなく祭礼を終わらせたい神社側とがせめぎ合い、神明神社の鳥居の前で大神輿がもみ合うというもの。一番上に据え付けられた鳳凰(ほうおう)が鳥居を通ったかどうかで、祭りの継続か終了かが判断される。その勇壮さは、映像を見ているだけで引き込まれること請け合い。市川市中心部とは異なる独自の歩みを辿った行徳の歴史を、神輿製造という地場産業を通じて知ることができる。その豊かな風情には、“区画整理により生まれた清潔な新駅”というイメージに彩られた「妙典」とは全く異なる、行徳の人々が継いできた伝統を感じ取ることができる。“鉄道が通じてはじめて発展した”と思われがちな東西線沿線ではあるが、そうではない一面もあるのだ。
▲行徳神輿ミュージアム(左)と中台製作所(右)。“神輿のまち行徳”の伝統を今に伝えている。
「妙典」北口周辺のマンション
ガーデナヴィルマグノリア市川妙典
「妙典」徒歩5分 市川市妙典2丁目 2000年2月竣工/14階建224戸
売主:藤和不動産 相模鉄道 相鉄不動産/施工:フジタ 相鉄建設/分譲時平均坪単価177万円
プレシス市川妙典
「妙典」徒歩6分 市川市富浜3丁目 2020年7月竣工/5階建28戸
売主:一建設/施工:今井産業/分譲時平均坪単価277万円
エクセレントシティ市川妙典
「妙典」徒歩5分 市川市妙典3丁目 2018年6月竣工/6階建30戸
売主・施工:新日本建設/分譲時平均坪単価279万円
妙典の顔・映画館のある街…区画整理が進められた南口
「妙典」の顔といえばやはり南口だろう。9スクリーン2,211席の規模を誇る“イオンシネマ市川妙典”を看板とする“イオン市川妙典店”をはじめ、“スーパーホテル東西線市川妙典駅前”や“コナミスポーツクラブ妙典”が入る“妙典センタービル”、駅前広場やバスターミナルもこちら側のため、駅改札口を出た人の流れは概ね南口に向いている。イオンシネマの9スクリーンは東西線・東葉高速線沿線では最大級であり、他には「木場」の109シネマズ(8スクリーン)くらい。クルマでのアクセスを入れても、ららぽーとTOKYO-BAY(南船橋)のTOHO(10スクリーン)、ニッケコルトンプラザ(本八幡)のTOHO(10スクリーン)、シネマイクスピアリ(舞浜)の16スクリーンがあるくらい。しかも「妙典」はほぼ駅直結のアクセス性を有するため、東西線沿線を中心に求心力を持つシネマコンプレックスであるのは確かだ。
▲イオン市川妙典店・イオンシネマ市川妙典(左)と妙典センタービル(右)。駅前広場に面し、大型店が集まる
もちろんSATY譲りの3館にわたる広い売り場を持つイオン市川妙典店と一体なので、特に土休日には多くの人々が訪れる。ちなみに「妙典」のマンションは“ガーデナヴィル市川妙典”のように“市川妙典”を名乗るものが多いが、これは1999年にSATYおよび映画館が“市川妙典SATY”・“ワーナー・マイカル・シネマズ市川妙典”と“市川妙典”を冠してオープンしたため、“大型商業施設SATYと一体の住宅地”をアピールする目的もあったのだろうと考える。市川市自体に、国府台のお屋敷町で知られるように千葉県内有数のブランド力があることもあるが、それにしても“市川妙典”はほぼ一体の地名として機能している節すらあるのは、当時の“市川妙典SATY”の影響力の大きさを窺い知ることができる。
▲「妙典」駅改札口(奥)と駅前広場(手前)を結ぶ“マーヴみょうでん”。ちょっとした高架下商業施設
駅改札口と駅前広場は120mほど離れているが、この間はマクドナルドやヴィ・ド・フランス、ファミリーマート等が入る高架下商業施設“M’avみょうでん(マーヴ―)”で結ばれるため、特段の不便はない。ただ敷地の関係で、駅を南北に貫くメイン道路(マリンロード)から駅前広場へはコの字に迂回する必要があるため、バス乗り場は駅前広場(①②のりば)と、改札口から駅前広場と反対に100mほど離れたマリンロード沿い(③④のりば)に分散している。「妙典」からの京成トランジットバスは駅から少し離れた近隣住宅地(『ヴェレーナシティ行徳』など)を結ぶ「行徳」までが殆どで、1時間1本ほどがJR総武線・都営新宿線「本八幡」、JR京葉線「市川塩浜」といった隣接エリアまで足を延ばすに過ぎない。行徳周辺~市川市中心部のバスは、歴史的経緯もあって昔ながらの歩道もない行徳街道沿いが中心で、約15分毎に「本八幡」―「行徳」・「新浦安」/「浦安」行きが走る。このため「妙典」~「本八幡」は、北口から寺町通りを10分ほど歩き、行徳街道沿いの「行徳一丁目」から京成トランジットバスに乗るか、東西線とJR総武線を「西船橋」で乗り継ぐかのどちらかが現実的で、少し手間が伴う。
▲駅前広場に発着する京成トランジットバス。近隣の住宅地を巡回する短距離路線が中心。
ただ、賑やかなのは駅前広場を中心とした2~3ブロック程度に過ぎず、そこから先は落ち着いた住宅地である。イオンに隣接して“ガーデナヴィル市川妙典”・“ガーデナヴィルラグナ市川妙典”と2棟の大規模マンションが建つほかは、中小規模のマンションと戸建・アパートが殆どとなり、開発年代が新しいだけに商店街や繁華街もほとんどない。「妙典」の住宅地は、近隣の東西線沿線エリアの中では最も落ち着いた雰囲気であり、整然とした地割りが広がるだけあって見た目にも美しく、高い人気を持っている。駅から1kmほど離れると住宅地はほぼ終わり、そこから先、国道357号(東京湾岸道路)沿いの海側には千葉県の江戸川第一終末処理場や、清掃工場、埋立中の現場が広がっている。処理場のうち、もっとも駅側のエリアは野球場を併設する市川市の公園“ぴあぱーく妙典”として2022年にオープンし、遊具だけでなくバーベキュー施設やカフェも併設する新名所となった。
▲ぴあぱーく妙典。奥に少年野球場を併設する。遊具広場も設けられた、妙典の新しい遊び場だ
行徳橋・新行徳橋で市川市中心部側と繋がる北口側に対し、南口側は市川大橋(国道357号)まで2.5kmにわたり江戸川放水路を渡る橋がなく袋小路然としていたが、2019年に“妙典橋”が開通し、対岸の外環道市川南IC(2018年開通)と結ばれたほか、浦安市側へ繋がる新浜通りに直結したことから、国道357号と浦安市川バイパスの間に並行するもう1本のルートが完成したことで、両者の混雑緩和にも貢献している。1919年の江戸川放水路開削時、行徳・妙典と市川市中心部を結ぶ橋は行徳橋ただ1本しかなかったが、妙典橋の開通で4本の橋が架けられることとなり、両岸の往来はさほど不便ではなくなった。かつての行徳塩田や田畑は跡形もなくなり、僅かに“塩焼”など地名に名残があるのみになったが、鉄道や橋の開通で再び便利になった妙典の地は、多くの人々が住まう住宅地に姿を変えている。
▲新浜通り(しんはま―)。奥が妙典橋、手前が浦安方向。「行徳バイパス」とは浦安市川バイパスのこと。
「妙典」南口 周辺のマンション
ガーデナヴィル市川妙典
「妙典」徒歩5分 市川市妙典6丁目 1999年2月竣工/14階建263戸
売主:藤和不動産 伊藤忠商事 新日本製鐵/施工:フジタ/分譲時平均坪単価186万円
ガーデナヴィルラグナ市川妙典
「妙典」徒歩4分 市川市妙典5丁目 1999年10月竣工/13階建262戸
売主:藤和不動産/施工:フジタ/分譲時平均坪単価181万円
ザ・パークハウス市川妙典
「妙典」徒歩4分 市川市妙典4丁目 2016年2月竣工/7階建49戸
売主:三菱地所レジデンス/施工:木内建設/分譲時平均坪単価274万円
4.妙典のこれから/駅別中古価格
江戸川区・瑞江への短絡ルート!“押切橋”はいつ開通?
「妙典」から江戸川放水路を渡る橋は整備がかなり進んだが、都県境を跨ぐこともあって、旧江戸川対岸の東京都江戸川区側へ渡る橋は少ない。「妙典」から最も近いのは東西線で2駅離れた「南行徳」と都営新宿線「一之江」を結ぶ“今井橋”だが「妙典」から4kmほど離れており、普段使いの距離ではない。徒歩・自転車なら「妙典」から北1.6kmほどの江戸川閘門に併設された人道橋を利用でき、都営新宿線「篠崎」まで3.4km、徒歩50分ほどで結ばれるが、車の場合はまず新行徳橋を渡り、続いて京葉道路(高速道路)の江戸川大橋と、江戸川を2回渡る迂回ルート(約5km)を通らざるを得ない。このため江戸川を挟んだ両岸の交流は薄く、「小岩」⇔「市川」のように一体となった経済活動もないので、東京都区部に隣接する行徳地区にとっては発展の機会が阻害されている一面がある。このため、行徳地区と旧江戸川対岸を結ぶ“押切橋”(仮称)の架橋が長年にわたって望まれており、東西線開通前の1967年(昭和42年)から、東京都・千葉県双方で都市計画決定が早々になされているほどである。
▲押切橋(仮)の架橋現場。手前が「行徳」駅方向で、奥に向かって橋の取り付け部分が始まることになる。
計画では「行徳」から北側へ伸び、行徳街道に突き当たって止まっている“行徳駅前通り”を江戸川堤防まで延伸し、“押切橋”の対岸まで伸びてきている都道501号“柴又街道”と直結させるというもの。“柴又街道”はその名の通り、「瑞江」から先も国道14号(千葉街道)に近い「小岩」、「柴又」を経て国道6号(水戸街道)の「金町」まで一直線に繋がっており、“行徳駅前通り”も「行徳」から国道357号(東京湾岸道路)の「市川塩浜」まで繋がっているので、“押切橋”の架橋後はこれら地域が一本で結ばれる。環七通り~外環道の間を埋める環状方向の幹線道路が成立するので、両道路の混雑緩和をはじめ、沿道に留まらない広域的な影響をもたらすことになるだろう。架橋によって「行徳」から「瑞江」まで2.1km程度、概ね徒歩30分となり、日常的に徒歩や自転車で移動するのは現実的ではないが、東西線がストップした際の代替手段や、バス路線の開設が期待できる。
▲対岸、江戸川区瑞江側。柴又街道が既に堤防まで延伸され、橋と繋がるのを待つばかりになっている。
現状は江戸川区側の用地確保が完了し、市川市側80mほどの区間の用地取得が進行中で、地質調査も並行して進められている。近隣の掲示板によると、2023年9月の台風13号(房総半島で土砂崩れが多発する被害をもたらした)の影響で人手がそちらに回された結果、押切橋の地質調査が後回しとなり、地質調査の期間が2023年11月までを予定していたところ、1か月遅れの12月までになるという。事業期間は2031年度までとされているが、残り80mほどとはいえ市川市側の用地確保が完了していない今、開通の時期は目安程度と考えておいた方が良さそうだ。
▲江戸川区瑞江側の架橋地点から妙典方面を見たところ。現状はまだ工事が始まっている段階にない。
「妙典」の駅別中古価格
最後に、「妙典」を取り巻く東京メトロ東西線沿線の駅別中古価格および2020年代以降の分譲マンションを見てみよう。
▲データ集計:(株)東京カンテイ 直近3年、各年とも1~12月。30㎡未満および事務所・店舗用住戸は除外。赤数字は上位10駅。背景:薄水色は快速通過駅。
16位「葛西」と18位「浦安」の間で江戸川と都県境を跨ぐが、2022年平均坪単価でも200万円以上と100万円台の段差がここにあるのが、“東京23区”アドレスへの人々の選好が感じられるようで興味深い。アドレスの違いに加え、朝ラッシュ時(始発~平日朝9時頃まで)は“快速”が「葛西」「西葛西」「南砂町」にも停車する“通勤快速”となり、これら都内3駅は全列車停車となり、2~3分毎に電車に乗れるメリットがある。ただし夕ラッシュでは通常の“快速”なので、“快速”が来た場合これら3駅へは後続の各駅停車を待つしかないが、千葉県内「南行徳」「行徳」「妙典」「原木中山」へは“快速”から「浦安」で先行する各駅停車に乗り換えられるので、朝と反対に今度はすべての電車が利用可能になる(快速停車駅は速達性と引き換えに使える電車が減る。『浦安』は“快速”の直前の各駅停車が先着でなくなり、『西船橋』は3本に1本の“快速”しか先着しない)。極端に割を食う駅がなく、利便性のバランスが絶妙に振り分けられていると言えるだろう。
▲「浦安」を出発する東西線快速「東葉勝田台」行き。「浦安」で続行してくる各駅停車に乗り換えることができる。
「妙典」を見てみると、より都心に近い「南行徳」「行徳」や、快速が停車しJR総武線・京葉線・武蔵野線・東葉高速線も利用可能な「西船橋」よりも高く、快速停車駅の「浦安」(18位)に次ぐ19位につけている。これは解説してきたように、「妙典」の街が区画整理済み、かつ駅隣接で大型商業施設(イオン市川妙典店)があるなど住環境が良いこと、朝は概ね10分に1本の始発電車があり待てば座って通勤できることなど、人を惹きつける魅力が多いためだ。2024年以降もコンスタントに新築マンションの供給が続いており、「妙典」の人気は健在と言えるだろう。
▲「妙典」に到着する東西線「中野」行き。外側の線路は基本的に快速が通過し、内側に各駅停車が発着する。
「妙典」2020年代以降のマンション
ザ・ライオンズ妙典
「妙典」徒歩6分 市川市富浜3丁目 2024年1月竣工/7階建37戸
売主:大京/施工:大京穴吹建設
エクセレントシティ市川妙典ザ・マークス
「妙典」徒歩9分 市川市妙典2丁目 2025年2月竣工予定/6階建71戸
売主・施工:新日本建設
おわりに…“リノベ上手な街・妙典”
「行徳」「妙典」の街を紹介してみたが、いかがだっただろうか。今回の取材で印象に残ったのは“リノベ上手な街”と言えるのではないか、ということ。
▲寺町通り、徳願寺前。無電柱化によって、寺町の落ち着いた景観がさらに魅力的なものになっている。
寺町の風情を残す徳願寺や権現道、そして旧・神輿店を活用した“行徳ふれあい伝承館”、かつての行徳河岸の賑わいを伝える常夜灯公園など、歴史を重ねてきた寺町ならではのレガシーを活用したものが沢山あり、しかもそれらが一過性に終わることなく、しっかり地域の手によって美しく維持され、どれも存分に活用されている点に感銘を受ける。たとえレガシーに恵まれていても、保存運動がピークで、保存が実現した後は満足に活用されないままというケースも散見されるなかで、決して“町おこし”に頼らずともやっていけるはずの市川市で“町おこし”が盛んなのは、目を見張るものがある。
▲行徳街道沿いに残る「加藤家住宅」。常夜灯公園のすぐ近くで、行徳河岸の賑わいを今に伝える貴重な家屋。
それはきっと“本行徳”をはじめ、行徳・妙典に住まう人々の愛郷心の賜物ではないかと思う。市川市への合併以降、交通の途絶により苦しんだ歴史があるなかで、市川市中心部から離れている行徳地区は、市川市の一部として埋没しないよう、寺町や成田道、神輿づくりといった伝統を守り、“行徳”の名を盛り上げたい気持ちが多分にあったのではないか。新興住宅地が連なる東西線沿線のなかで、行徳神明神社の「五ヶ町祭礼」ほど賑やかな祭りは他になく、祭りの存在が街の誇りとなっているのだ。
▲行徳ふれあい伝承館の無料休憩所。道路を挟んで旧・浅子神輿店と向かい合う。観光の中心的な役割を担う。
行徳街道沿いに、南行徳町議会議員、県議会議員などを務めた田中幸之助氏を称える碑が残されている。江戸川放水路対岸の市川市中心部が総武線を通じて発展していくなか、行徳・妙典の発展の遅れに危機感を抱いた行徳生まれの田中氏は、土地区画整理の推進や、東西線の早期開通など行徳・妙典の発展に奔走しながらも、東西線開通を見届けることなくこの世を去ったという。しかし、田中氏の遺した東西線は発展の原動力となり、孫である田中甲氏は2022年から市川市長を務めている。行徳出身の市長が市川市全体を導くリーダーとなったことは、合併から70年近くを経て、行徳・妙典と市川・本八幡の融和が成ったシンボルのようにも思う。
▲「田中幸之助翁・誕生の地」。幸之助氏の遺徳が顕彰されていると共に、田中甲市長の看板も建っている。
今あるものを活かしながら、時代に合わせたブラッシュアップを重ねていくことで、他のどこにもない魅力が備わってゆく。街も人も同じである。行徳・妙典に息づく“リノベ上手”の系譜は、これからの街の在り方を占う存在なのかもしれない。
▲寺町通り沿いの看板建築の商店。いまや看板建築も珍しくなったが、うらぶれた感じがないのは素晴らしい。
※特記以外の画像は2024年1~7月筆者撮影。マンション図書館内の画像は当社データベース登録のものを使用しています。無断転載を禁じます。
賃貸不動産経営管理士
佐伯 知彦
大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。
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