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更新日:2023.06.26
登録日:2023.06.23

マンション建設No.1・長谷工コーポレーションに聞く、マンション防災の考え方と最新事情

マンション建設No.1・長谷工コーポレーションに聞く、マンション防災の考え方と最新事情

 地震や台風など、毎年のように災害に見舞われる日本。マンションの住民にとっても重要なテーマであることに変わりはありませんが、とはいえ何から備えればいいのか、また最新の事情はどうなっているのか、よくわからないという方も多いのではないでしょうか。

 今回は、2023年3月25日に「長谷工マンションミュージアム」で催された「防災フェスタ」の取材、およびマンションの設計に長年携わってこられた(株)長谷工コーポレーションエンジニアリング事業部商品企画室室長 五十嵐 直樹 氏にインタビューを行い、累計69万戸以上のマンション建設を手掛けてきた同社のマンション防災に対する考え方と、最新のマンション防災事情についてお伺いしました。

インタビュアーは、東京カンテイ マンション調査員 兼 マンション図書館ライターの佐伯が務めます。

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▲防災フェスタ当日の長谷工マンションミュージアム。展示に加えて東京消防庁多摩消防署から起震車なども参加し、多くの来場者で賑わっていた。

▲防災フェスタ当日の長谷工マンションミュージアム。展示に加えて東京消防庁多摩消防署から起震車なども参加し、多くの来場者で賑わっていた。

佐伯:まず、貴社の基本的なマンション防災の考え方についてお聞かせください。

五十嵐:大手デベロッパーでは独自の基準をお持ちの会社もありますが、当社では「災害に強いマンション提案」としてどんな対策をしたらいいのかをまとめ、各デベロッパー様へご提案をしています。この提案書を策定する一番大きな動機になったのは、1995年1月の阪神・淡路大震災です。これをきっかけに社内の各部門が集まって議論を深め、ベースを作っていきました。最近では2018年、2019年と大きな台風が続きましたので(1)、地震に加えて風水害の対策も含めアップデートをしています。

(※1)2018年9月の台風21号…非常に強い勢力を保ったまま近畿地方へ上陸し、大阪府ではマンション8階への飛来物が窓ガラスを突き破り破片が当たった方が亡くなったり、強風によってマンションの金網が倒れたりするなど、マンションにも大きな被害をもたらしている。
・2019年10月の台風19号…川崎市で内水氾濫(大量の雨水を下水で処理しきれず、行き場を失った水が地上へ溢れること)が起こり、タワーマンションが長期間停電・断水する事態となった。

提案書の基本方針としては、

①災害発生時に身の安全が守られること(フェーズ1:災害発生時・災害当日)

②被災後インフラが復旧するまで、マンション内で生活環境を維持できること(フェーズ2:災害発生から23週間)

③被災後も含めた管理・運営上の対応の仕組みを整備すること(平時から全ての期間を通じて)

3点を挙げています。

マンションの強みは、複数の方がお住まいになっているスケールメリットを活かし、ハード面で戸建では持てない防災設備を持てることです。ただ、それをうまく機能させるためには、管理運営上、ソフト面の仕組みを整備しておく必要があり、いざという時にお互いの顔も知らないようでは、せっかくの設備も機能させることができません。そのサポートを、当社グループの管理会社(長谷工コミュニティほか)と一体となって行っています。

▲(株)長谷工コーポレーション・五十嵐直樹氏

▲(株)長谷工コーポレーション・五十嵐直樹氏

1.地震時の防災

佐伯:次に、地震についてお伺いします。まず、住戸内の対策についてはいかがでしょうか。

五十嵐:住戸内で大きな地震に見舞われた際は、まず廊下に避難するということをご提案しています。阪神・淡路大震災の際は、テレビが飛んできたり、家具が転倒して下敷きになったりして、怪我をしたり最悪の場合はお亡くなりになるといった“二次災害”の被害が大変大きいものでした。その点、廊下は壁に挟まれている上にあまりものが置かれないスペースということになりますので、住戸内の避難場所として廊下を想定しています。

 また、最近のマンションは徐々にシステム収納(2)がイニシャルで設置されることが増えてきていますが、揺れによって扉が開き、ものが飛んでくるといったことは想定されますので、その対策としてキッチン収納では一般的な耐震ラッチ(3)を入れるようにしています。ただ、お客様ご自身でも本棚などを設置されることは当然ありますから、その対策としては壁面に下地(したじ)を入れ、お客様に金具をご購入いただき、家具と下地を金具で固定するということをご案内しています。地道なことではありますが、ばかにならないのです。

(※2)システム収納…クローゼットや納戸などの造り付け収納。タンスやワードローブと違って転倒のリスクがない一方、設置場所を基本的に変えられない面もある。長谷工コーポレーションではクローゼットごと一定の可動範囲内で移動させ、間取りを変えられる「UGOCLO」(ウゴクロ)を開発し、一部のマンションで導入している。

(※3)耐震ラッチ…食器棚からの食器飛び出しによる割れ・飛散防止のため、振動があっても食器棚の扉が開くことを防止する機構。後付けでも設置可能なものが多い。

佐伯:下地がここにあるということは、どうすれば分かりますでしょうか。

五十嵐:ご購入時にお客様へお渡しする“取扱説明書”で下地の場所をご説明しています。下地の設置基準については、一般的な家具の寸法を調査し、家具を設置する位置をあらかじめ検討した上で設置するというようになっています。家具の転倒防止対策を行った上でなるべく廊下に避難するということが、基本方針①の“災害発生時に身の安全が守られること”に繋がると考えています。

2.耐震改修の現状

佐伯:次に住戸外についてですが、大規模修繕工事と耐震工事を同時に行う例も徐々に増えてきているとは感じますか。

五十嵐:耐震工事だけでも費用がかかりますから、増えているかどうかは一概には言えません。例えば、公共の建物ですと外側に筋交い(すじかい)を入れる工法が取られたりしますが、建物全体に筋交いが必要なわけではありません。マンションでその対策をしますと、どうしても特定の住戸にだけ筋交いを入れることになります。そうなると外観や視界に大きな影響が出ますから、「なんでうちだけ」ということになり、大変に合意形成が難しくなりがちです。ですから、当社では部屋内部からの見え方を極力変えないこと、また、お住まいいただきながら補強工事ができることを最優先にしています。住環境への影響が少なく、費用を低減する耐震補強工法を開発し、ご提案しています。

▲非構造壁(建物の支えになっていない部分)の損傷を抑える改修の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

▲非構造壁(建物の支えになっていない部分)の損傷を抑える改修の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

ただ、特にお住まいの方に高齢の方が多い場合、「その震災はいつ来るのか。いつ来るかわからないものに費用負担しなければならないのか」というお考えでまとまってしまうこともあります。また一部住戸のみの改修ということになりますと、改修対象の方の負担感・不公平感があったりしますので、やはり合意形成が難しくなります。耐震改修と違い、大規模修繕工事は“マンションのクオリティや資産価値を落とさないために行うものであり、耐震よりも大規模修繕が優先だ”という考え方もあり、各マンションによりご事情は様々です。同時にやるという合意が取れるかは、一概には言えないのです。

佐伯:耐震改修の進捗について、地域差や物件ごとの格差があるといったことは感じますか。

五十嵐:高級かそうでないかというよりは、そのマンション管理組合に余裕があるかないかという方がポイントですが、これもいわゆる“マンション格差”と言えるのかもしれません。また、都道府県毎の事情も関連があるかもしれません。

 

 東京都の発表によると、1981年の建築基準法改正により“新耐震基準(新耐震)”が導入されましたが、“旧耐震”のマンションについては壊れたり倒れたりして道路を塞いでしまうと救助活動ができないため「特定緊急輸送道路沿道建築物」(※4)の旧耐震物件について助成金を手厚くし、耐震性の確保を進めているとのことです。ただ、2022年(令和4年)12月末現在で87.7%の耐震性の確保に留まり、対象建物以外の耐震性の確保も進んでいない状況で、2023年3月には「東京都耐震改修促進計画」の改定を実施するとともに、九都県市(※5)にて特定緊急輸送道路の機能確保のため連絡協議会を立ち上げて、特定緊急輸送道路に繋がる道路沿道の建物の耐震性の確保にも取り組んでいるようです。

(※4)特定緊急輸送道路…東京都の緊急輸送道路(約2,000km)のうち、特に沿道の建築物の耐震化を推進する必要のある道路を「特定緊急輸送道路」に指定している。

(※5)九都県市…首都圏1都3県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)および政令指定都市(横浜市・川崎市・相模原市・さいたま市・千葉市)で構成される。特に「九都県市首脳会議」は「首都圏サミット」の別名があり、自動車の低公害化に対する取り組みなど、地域の広域的な課題を扱っている。

▲左が新耐震、中・右が旧耐震の柱。鉄筋の密度が大きく違うことがわかる(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

▲左が新耐震、中・右が旧耐震の柱。鉄筋の密度が大きく違うことがわかる(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

佐伯:タワーマンションでは長周期振動のリスクが指摘されていますが、タワーマンションではどのように建築前の審査が行われているのでしょうか。

五十嵐:超高層建築物の地震に対する構造安全性の確認は、「時刻歴応答解析」と呼ばれる詳細な計算方法により算出された地震動による揺れを基に設計を行い、その構造方法の適合性や設計の妥当性を構造性能評価委員会での審査を経て国土交通大臣の認定を受け、建築確認の審査となります。

 

 長周期地震動についても同様に、2017年4月1日以降に構造性能評価に提出された新築の超高層及び免震建築物(※6)は、2016年6月24日に国交省から発表されている構造検証方法に基づき、南海トラフ沿いの巨大地震(※7)の影響を考慮した検証を行い、上記の構造性能評価委員会での審査と大臣認定を受けています。

(※6)免震建築物…免震ゴムなどを基礎との間に挟み、建物をゆっくりと揺らすことで地震の影響を小さくする構造の建物。タワーマンションや高層ビルなどの大型建築物で採用されることが多い

(※7)南海トラフ沿いの巨大地震…東北地方~九州地方太平洋側のプレート沈み込み帯(南海トラフ)を震源域とする巨大地震。90~150年周期で発生しており、直近では1944~1946年にかけて頻発した“昭和地震”が該当するが、まもなく発生から90年を迎えることから、対策が急がれている。

佐伯:東日本大震災では液状化の被害も多く出ましたが、液状化対策はどのように行うのでしょうか。

五十嵐:仮に免震建物であったとしても、建物周囲が液状化してしまうとマンホールが浮き上がったりして、ライフラインがストップする懸念があります。液状化を防ぐには、「砂杭」で締め固め

る工法や、地盤を固化させることにより改良する方法があります。範囲については、計画によって建物周囲に加えてインフラに係わる付属設備棟(電気室など)も対象とする場合があります。

3.停電時の防災

佐伯:次に、停電時の対策についてお伺いします。停電になってしまうと、どんな事態が想定されるでしょうか。

五十嵐:停電というとエレベーターの問題がクローズアップされがちですが、住戸内で大きく問題になるのは冷暖房がストップしてしまうことです。エアコンや床暖房が動きませんから、建物の断熱性が低いと、夏の暑さ・冬の寒さに直に晒されるということになってしまいます。そのため、暑さ寒さに耐えられるシェルターとして住戸が機能するよう、断熱性を強化することをご提案しています。また、共用エントランスのオートロックも電気的な制御が効かなくなるので、セキュリティ面での不安も通常時と違って出てくることも留意点です。

佐伯:自家用発電機をマンションで用意するような場合もあるのでしょうか。

五十嵐:本来は消防法上、一定条件のマンションに対して設置が義務付けされるものです。ただ、東日本大震災直後は義務のないマンションでも設置を検討されるデベロッパー様もありましたが、最近の新規採用例はかなり少なくなっています。耐用年数が概ね30年程度であり、以後の更新は管理組合で負担しなければなりません。自家用発電機は購入に多額の費用がかかる上、メンテナンス費用も発生します。法的な義務は別として、災害対応に限定して考えるならば、災害がなく使用実績がないのはいいことなのですが、例えば10年で1回も使わなかったものに対して多額の費用をかけて維持しなくてはならないのか、というように考えが変わる可能性もあります。

4.エレベーター閉じ込め対策の現状

佐伯:エレベーターが停止してしまうとタワーマンションでは生活に支障をきたす事態になりますが、エレベーターの停電対策は進んでいるのでしょうか。

五十嵐:タワーマンションに設置される非常用エレベーターは、本来“消防設備”として必要になるものです。消防法によりタワーマンションでは消火活動・救助活動に用いるために設置しなければなりませんが、これが止まってしまいますと目的が果たせないということになってしまいますから、停電になっても動く状態になっていなければなりません。そのため、タワーマンションでは「非常用エレベーター」用の予備電源として自家用発電機を設置することになっています。タワーマンションは概ね60m以上、21階建以上を指すことが多いです。

 非常用エレベーターの電源としては72時間分確保する必要はないのですが、東日本大震災以降は、法的な規定を超えてエレベーター用の自家用発電機を設置する場合に燃料の容量を増やして72時間運転できるようにして、仮に火災が無ければエレベーターだけでなく給水ポンプ(これが動かないと上水道がストップしてしまう)にも使えるようにしたり、多目的に役立てることを検討した事例もありました。

 自家用発電機による非常時運転に切り替わった場合は燃料の節約のため、エレベーターの速度を落としたり、個別に動作させず「今日は●時から●時まで動かします」と時間を区切ったり、「●階から●階まで」とフロアをまとめて運転するといった節電運転が有効です。ただ、停電下でこの連絡をどうやって行き渡らせるかも非常に重要になってきますから、連絡手段をあらかじめ決めておくといったソフト面の事前検討と備えも必要です。

エレベーターはマンション住民にとって欠かせない存在だ

エレベーターはマンション住民にとって欠かせない存在だ

佐伯:エレベーター閉じ込めの対策は、どういったものがあるでしょうか。

五十嵐:メーカーのオプション仕様ですが、地震などでストップした際にエレベーターが自己診断を行い、異常が無ければ仮復旧するという機能も付けられます。

 

 また、阪神・淡路大震災(1995年)で多数の閉じ込めが発生した反省を踏まえ、以後のエレベーターにはP(※8)を検知したら最寄り階に自動停止する機能(P派感知器)が概ね標準仕様として備わっています。P波感知器は追加設置可能ですが、機種により対応可否がありますので、マンション毎に確認が必要になります。2009年に建築基準法の一部改正が行われ、既築物件でもエレベーターのリニューアルにおいて確認申請が必要となる場合は、P波感知器の設置が義務づけられるようになりました。

(※8)P波…初期微動とも。本震(S波)の前に伝わる微弱な振動のこと。P波の方が早く進み、S波の方が遅い。緊急地震速報は到達時間に差(初期微動継続時間)が出る性質を利用し、S波到達前に避難を促す仕組み。エレベーターの最寄り階自動停止も同じ仕組みを利用している。

ただ、自己診断機能はメーカーメンテナンスのオプションとして設定されていることがポイントです。エレベーターは法的に定期メンテナンスが必要ですが、これをメーカーがやる場合と、メンテナンスに特化した会社がやる場合があり、費用はメンテナンス特化会社の方が安いのが一般的です。自己診断機能を装備するということと、メーカーがメンテナンスを行うという2つが利用に際しての前提条件となります。管理費を抑えるためにメーカーメンテナンスからメンテナンス特化会社に切り替えてしまうと、自己診断機能が利用できなくなります。

佐伯:仮復旧した後は、どのような流れで本復旧となるのでしょうか。

五十嵐:あくまで閉じ込め防止のための仮復旧なので、メーカー係員によるメンテナンスが完了するまでは速度を抑えた応急運転の制約が加わります。レールの変形・破損があったとしたら、そこで無理矢理動かしてしまうと二次災害の恐れがあります。自己診断機能があったとしても、メーカーメンテナンスを呼び、総合的な確認をしてもらった後に本稼働が可能となります。

佐伯:エレベーター内の非常用ボックス設置も増えてきました。

五十嵐:当社のエレベーターの隅にもありますが、非常用ボックスの設置はビルでは一般的になり、先ほどの提案書の中にもアイテムの1つとして盛り込んでいます。先日、NHKの特集で(※以下リンク参照)、エレベーターに閉じ込められた経験がある方のインタビューがありましたが、いつ開くのかもわからない、連絡も取れない…という恐怖は体験した人しかわからないだろうと仰っていました。エアコンもないですから、暑い時期には密室で汗もかき、飲み物ももっていなければ、恐怖以外の何物でもありません。

佐伯:閉じ込めの復旧に、優先順位はあるのでしょうか。

五十嵐:やはり公共施設が復旧しないことには円滑な救助活動や支援活動が進みませんから、エレベーターメーカーの話では公共施設が優先とのことです。

5.断水時の防災とトイレ事情

佐伯:次に、断水についてお伺いします。水道が復旧するまでの対策としては、どのようなものがありますでしょうか。

五十嵐:まず、マンションの場合は“在宅避難”が前提となります。大規模災害の際は行政が避難所を設置しますが、これは主に戸建住宅にお住いの方向けのものであり、マンションの100世帯200世帯が避難所に押しかけてしまうとパンクしてしまいます。感染症のリスクもあること、また、マンションは基本的にRC(鉄筋コンクリート)造の堅牢な建物であることから、在宅避難を前提に避難計画を考えるというのがポイントです。

▲「防災三点セット」。左からWELLUP・マンホールトイレ・かまどスツール(画像:長谷工コーポレーション様ご提供)

▲「防災三点セット」。左からWELLUP・マンホールトイレ・かまどスツール(画像:長谷工コーポレーション様ご提供)

 当社では“防災三点セット”として、“WELLUP”(非常用飲料水生成機)・“マンホールトイレ”・“かまどスツール”をマンションのデベロッパー様にご提案しています。上下水道が不通になった場合もWELLUPとマンホールトイレがあれば復旧まで過ごしていただくサポートになります。また、かまどスツールがあれば炊き出しができ、温かいものを口にできます。最近は飲料水を備蓄されるご家庭も増えていますが、これらはいわば保険のようなもので、備蓄水がなくなっても生成すればよいという安心感につながるのではないかと思います。

▲マンホールトイレ。オレンジ色の丸板をマンホールに被せ、その上に便器をセットする。便座は一般的なトイレと変わらない(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

▲マンホールトイレ。オレンジ色の丸板をマンホールに被せ、その上に便器をセットする。便座は一般的なトイレと変わらない(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

 加えて、2021年1月に非常用飲料水の運用見直しを行い「スマート・ウォーター・タンク」を発表しました。

▲スマート・ウォーター・タンクの概念図(画像:長谷工コーポレーション様ご提供)

▲スマート・ウォーター・タンクの概念図(画像:長谷工コーポレーション様ご提供)

https://www.haseko.co.jp/hc/information/press/20210129_1.html

 スマート・ウォーター・タンクは、建物の躯体内に専用の水槽を設け、平時は植栽の水やりなどに用い、非常時はWELLUPを用いて全住戸6日間分の飲料水を確保する仕組みです。また環境配慮のため、この水源の一部には屋上に降った雨水の一部も活用しています。こうすることで、平時は水やりに使って水槽内の水を入れ替えつつ非常時に備えるといった運用に進化させることができました。

▲長谷工マンションミュージアム内のビオトープ。かまどスツールの右奥あたりをよく見ると黒い管が通っているが、これが水やりのシステム。スマート・ウォーター・タンクからの水やりはこの管などを用いて行われる。

▲長谷工マンションミュージアム内のビオトープ。かまどスツールの右奥あたりをよく見ると黒い管が通っているが、これが水やりのシステム。スマート・ウォーター・タンクからの水やりはこの管などを用いて行われる。

6.住民でできる備えと「共助」

佐伯:住民側でできる備えとしては、どのようなものがありますでしょうか。

五十嵐:まずは備蓄品の備えです。手回し携帯充電器、乾電池、ラジオは必要だと思います。また、一度用意したら終わりではなく、備蓄しているものを徐々に入れ替えていく工夫も必要です。スマート・ウォーター・タンクの水と一緒ですね。

▲マンション全体の防災備蓄品の一例(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

▲マンション全体の防災備蓄品の一例(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

 また、繰り返しにはなりますが、家具の固定は本当に大事です。昨今の傾向として、食器棚など家具全般でガラス製の家具が増えていますから、これらを極力固定していただきたいです。マンション自体が無事でも、家具の転倒やガラスの破片が飛散するなどによって二次災害に遭ってしまうのは、本当にもったいないですから。「東京防災」や「東京消防庁ホームページ」も、家具の固定に際しては大いに参考になります。家具の固定はやって損はないですし、「やらなければよかった」ということはないはずです。やっておかないことによる損失の方がはるかに大きくなります。

あとは、住民同士が顔見知りの関係になっておけば、いざという時にきっと役に立つと思います。マンションにお住まいだと、隣の方がどんな方なのかがよくわからないということもままありますが、例えばイベントを通じてちょっと顔見知りになって、ああ、あの時の・・・という感じでもいいと思うんですよね。この時代ですからそんなべったりな関係になるのは難しいですし、その必要もないと思いますが、例えば小さいお子さんがいらっしゃったりすると、お子さん同士がきっかけで親御さん同士も知り合いになるということもあろうかと思います。これが「共助」には重要なのだと思います。

佐伯:「共助」を実現するための取り組みは、どういったものがあるでしょうか。

五十嵐:顔見知りになっておくといってもきっかけがないと難しいですから、当社グループの管理会社(長谷工コミュニティほか)ですと夏場に「打ち水大作戦」と銘打ち、ヒートアイランド現象対策として住民の方に集まってもらい、打ち水をして頂いた例があります。また、マンション全体の防災備蓄品を入れ替える時に住民の方の訓練として、水を入れて食べられる非常食を実際に作っていただいたり、WELLUP(非常用飲料水生成機)の扱い方の訓練を行うなどのイベントを行っています。どれも普段行うことではないので、イベントの際に「こうやって使うんですよ」と実演し、体験いただくことで、非常時に慌てないようになるのはもちろん、「共助」のきっかけづくりにもなっています。

▲「マンション打ち水大作戦」の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

▲「マンション打ち水大作戦」の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

 また、災害時の情報収集は慌てがちになってしまいます。自社がデベロッパーで、グループの管理会社が管理しているマンションが中心になりますが、「災害対応マニュアル」を作成する活動をスタートさせ、ご入居時にお渡ししています。「いざという時にどうやって連絡しようか」とならないように連絡方法をあらかじめ書き込んでいけば、ご家庭内の災害時のルールを作ることができます。また、地震の知識として各震度の体感はどのくらいかや、各マンションの広域避難場所の位置などを記載したり、内閣府、気象庁、国交省など公的な情報についてはQRコードを掲載し、スマホで通信できれば情報を確認することができるようにしたりと、いざという時にマニュアルを見ればある程度のことには対処できる構成にしています。

▲マンション防災マニュアルの紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

▲マンション防災マニュアルの紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

 防災はハード、ソフト、自助、公助、共助、さまざまな観点から取り組んでおくべきですが、特に共助がしっかりできていると、かなり心強いと思います。イベントへ参加いただくにしても、“共助のために参加しなければならない”と思うとハードルが上がってしまいますから、日ごろからあいさつをするなどして、“いつもあいさつしてくれるあの人”になっておくだけでもだいぶ違います。大きなマンションになると「防災班」を組織し「共助」のルールをつくるといったこともされています。「共助」の目線を持っていただくのは、小さいことですけども、意外と大事なことではないかと思います。

▲マンション防災訓練の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

▲マンション防災訓練の紹介(長谷工マンションミュージアム内の展示より、画像一部加工)

そのきっかけづくりを、管理会社がいかにサポートしていくかですよね。これらのハード、ソフト両面の取り組みによる安心感は、販売時にお客様へ訴求していくポイントにもなりますから、ご提案書という形に盛り込んでいます。

7.総括

佐伯:改めて本日のお話を踏まえると、ひとくちに防災といっても色々な観点があり、一つ一つの取り組みの積み重ねの先に防災・減災が成るのだと実感しています。

五十嵐:今お話ししてきたことだけでもこれだけの事情が絡み合っているわけです。エレベーターの自己診断機能にしてもメーカーメンテナンスの制約があったり、自家用発電機にしても多額の維持コストがかかったりします。 “喉元過ぎれば熱さを忘れる”ではないですが、時が経つにつれて意識も変わっていく面もあります。

佐伯:昨今の物価上昇局面の中、少し前にはあった設備がそぎ落とされている面もあるとなると、それはそれで一抹の不安も感じてしまいます。

五十嵐:結局、各デベロッパー様も“お客様のために”様々な防災設備をつけることはできても、管理組合が維持管理していかなければなりません。余剰金があれば別ですが、修繕積立金にしても建材価格が上昇しているので、積み立て状況に対して、計画通りの工事をするには積立金が不足しがちという報道も目にします。そんな中、不確定でいつくるかわからない災害に対して、どう判断していくかですよね。私は「保険」と考えるのがよいと思っています。

佐伯:防災設備を「保険」として捉えるわけですか。

五十嵐:デベロッパー様の方も、良かれと思って様々な防災設備を設置すると、運用面では管理組合へ負担を強いることにもつながるわけです。ですから「保険」と考えて、月々の費用として納得できるかどうか。持っている設備は「保険」。ただその保険費用が高いか安いか、どう感じるかということになるわけです。ご家庭でもその時々の状況に合わせて、保険の内容を見直すのと同じではないでしょうか。

佐伯:明るい方向に持っていきたいのですが、現実を知ってしまった思いがします。

五十嵐:確かに現実なのですが、選択肢が増えているのは間違いありません。技術は進歩していますから。あとはお住まいになった後、どこまで共助としてやっていこうか、お住まいのマンションをどうしていこうかということを、積極的に皆様で会話していただくのも大切です。それにあたり、管理会社は選択肢をお示しするご提案ができると思います。そして、入居前よりもお住まいになってからの時間が10年20年と長くなるわけですから、費用対効果を見ながら皆様に取捨選択していただくのがよろしいのではないかと思います。

▲WELLUP(ミニ)。概ね小型台車くらいのサイズ。広報・庄司氏も井戸水から精製した水を試飲した際、全く違和感はなかったそう。(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

▲WELLUP(ミニ)。概ね小型台車くらいのサイズ。広報・庄司氏も井戸水から精製した水を試飲した際、全く違和感はなかったそう。(長谷工マンションミュージアム内の展示より)

佐伯:最後に、五十嵐様が“この仕事をやっていてよかった”と感じた場面をお聞かせください。

五十嵐:私はお客様から直接感謝のお言葉を聞く立場にはないのですが、ご提案内容が実際に役に立ったと聞いた時ですね。東日本大震災では、浦安市内のマンションに導入したWELLUP(非常用飲料水生成機)が、マンション住民だけでなく地域の皆様のお役に立ったと聞きました。また熊本地震(2016)では二度にわたる大地震で橋が落ちたり道路が破損したりと、公助が期待できる状況にありませんでした。当社の設計施工物件はなかったのですが、グループの管理会社が九州にあり、管理会社が自ら支援物資を管理物件に届け、感謝いただいたということを聞いています。

 

これからも、マンションならではのスケールメリットを活かし、過度な負担にならない程度で備えになる防災設備について、検討を進めていきたいと考えています。

佐伯:本日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。

<略歴>
五十嵐 直樹 氏
株式会社長谷工コーポレーションエンジニアリング事業部商品企画室室長
1992年長谷工コーポレーション入社。入社3年目までは技術開発業務に従事、以降20年間意匠設計を担当。2015年より現職。時代の変化をとらえた住まい方提案や商品開発、グループ内で連携した災害対策の立案等も行っている。

▲長谷工マンションミュージアム

▲長谷工マンションミュージアム

長谷工マンションミュージアム

所在地:東京都多摩市鶴牧3-1-1
京王相模原線「京王多摩センター」・小田急多摩線「小田急多摩センター」より徒歩12分
多摩都市モノレール「多摩センター」より徒歩10分
※見学には電話での事前予約が必要です。

https://www.haseko.co.jp/hmm/

佐伯 知彦

賃貸不動産経営管理士

佐伯 知彦

大学在学中より郊外を中心とする各地を訪ね歩き、地域研究に取り組む。2015年大手賃貸住宅管理会社に入社。以来、住宅業界の調査・分析に従事し、2020年東京カンテイ入社。
趣味は旅行、ご当地百貨店・スーパー・B級グルメ巡り。

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