LIFE IS BEAUTIFUL!!! 山田英幸のもの・ものがたり2018/8/22

好きなものだけに囲まれて暮らしたい。

毎日の暮らしを、わがままに、自分好みに美しく整えたい。

そのために必要なのはたっぷりのお金!!

ではありません。

ちょっとしたアイディアや工夫、少しの手間、そして何より一番大切なのはどれだけそのものを愛せるか、ということ。

 

身のまわりのものを愛する、ということは、暮らしを愛する、ということ。

それはつまり、人生を、自分を愛する、ということだと思います。

ちょっとしたことで、暮らしはもっと美しくなる。

人生も、もっと美しくなるのではないでしょうか

 

 

 

昔作った帽子ふたつ。同じ黒のブレードを使っています。

 

昔から映画が好きで、なかでもクラシックなミュージカル映画や、オードリー・ヘプバーンなどの映画は、僕の人生に多大な影響を及ぼしました。

1930年代から60年代の、特にミュージカル映画はそれこそ夢のようで、きれいなスターたちが素晴らしい衣装をまとって出てくるさまは、何度見ても見飽きることがありませんでした。

 

特に帽子。

僕が少年期を過ごした1960~70年代は、今から思えば帽子にとって不毛の時代で、海とか山とかで必要に駆られてかぶることはあっても、日常的なオシャレとして帽子をかぶっている人はあまりいませんでした。ですから、僕にとって帽子といえば日常から切り離された特別なもの、別世界のものとして認識されていました。

 

「マイ・フェア・レディ」のイライザの巨大な帽子、「ロシュフォールの恋人たち」の双子の姉妹の帽子、「ボーイフレンド」(ツイッギー主演のミュージカル)の1920年代風のボネなどなど・・・・。暇さえあればそんな絵をノートの片隅に描いているような少年でした。

 

1970年、大阪万博の時の僕と弟。おじいちゃんに泣きついて買ってもらったデニムのテンガロンハットをかぶっています。弟は中日ドラゴンズのキャップ。

 

時は流れ会社に入り、海外出張に行くことが多くなり、(その頃は特にロサンジェルス出張が多かったのですが、)空き時間にメルローズなどのヴィンテージショップを回ることがよくありました。

そういう店には、ロスが一番華やかだった時代、1940~1970年くらいのヴィンテージの洋服や、それこそ昔の帽子がいっぱい売られていました。

映画で女優たちがかぶっていたようなシックな帽子や華やかな帽子たち。そんな帽子をいっぱい買い集め始めました。

 

そんな頃、銀座の資生堂ギャラリーで、日本の帽子づくりの第一人者、平田暁夫氏の個展がありました。

これを見に行って僕は完全にノックアウトされてしまったのです。

シックでエレガント、でもアバンギャルドで華やか・・・・。

頭にかぶる形はしていますが、まさにアートピース。芸術でした。

平田氏はパリで修業もされた本物のMillinery(帽子のオートクチュール作家)。有名ブランドのコレクションの帽子はもちろん、美智子皇后はじめ皇族方の帽子も手掛けるというかたでした。

 

とにかくその展覧会を見て、僕は自分でも帽子を作りたくなってしまったのです。

西麻布に今もある「アトリエ・ヒラタ」では当時、帽子教室が開かれており、本当はそこに習いに行きたかったのですがクラスは平日の昼間。さすがにサラリーマン(しかもぺエペエ)の身では通うことはできず断念せざるを得ませんでした。それでも平田氏が書かれた本や、平田氏の教室に通っていた、という知り合いなどから教わり、見よう見まねで帽子を作り始めました。

そうやって作った帽子は、残念ながら自分ではかぶることができず、その後多くは知り合いに上げてしまいましたが、今回の目次の写真は、最近まで手元に残していたものの一部です。

 

当時は真剣に帽子作家になりたい、などという夢を抱いたりもしていたのですが、やがて本業の仕事のほうが忙しくなり、帽子作りはやめてしまい、自作の帽子やコレクションしたヴィンテージの帽子は「非常にかさばる」邪魔なもの、として僕の部屋の一角を占拠し続けています。

 

僕が作った帽子をかぶってくださった野宮真貴さん。 アートディレクション・写真はかの信藤三雄さんです。

 

ところが数年前、仲良くしている歌手の野宮真貴さんから、新作のアルバムジャケットに僕のコレクションの帽子を使いたい、という申し出をいただいたのです。

1950年風のエレガントな雰囲気で写真を撮りたい、と。

その時に撮られたのがこれらの写真です。

日本で一番帽子が似合う女性に僕の帽子をかぶってもらい、本当にうれしかった。

 

 

目黒区役所での撮影カット。本邦初公開? ここでかぶっているのは、ロスで買ってきたヴィンテージの帽子です。

 

信じれば通じるんですね。

野宮さんに自作の帽子をかぶってもらったのも「まさか!?まさか!?」のラッキーでしたが、尊敬する平田暁夫氏の奥様や娘さんとも友人を通して数年前に知り合いになれ、いろいろ教えていただいたり、展示会で新作の帽子を買ったり、楽しく付き合わせていただいています。

 

平田氏の奥様、市瀬恭子さんと、娘さんで「Haute ModeHirata」「H.at」デザイナーの石田欧子さん。欧子さんの個展にて。僕の帽子ももちろん「H.at」。

 

年に2度のお楽しみ。「H.at」の展示会で試着。これはお買い上げ。

 

最近では若い人たちも日常的に帽子をかぶるようになり、スポーティーなものからドレッシーなものまで町に売っている帽子の種類も増えました。

そういうわけで、この僕も昔はほとんどかぶらなかったキャップやニット帽なんかもよくかぶるようになりました。

もちろん、「H.at」の年に二度の展示会で注文する唯一無二の帽子たちも。

帽子の収納って、前にも書いたようにかさばって大変なのですが、この際、と思ってあるとき部屋の壁にピンを打ってそこにずらっと並べるようにしました。ちょっとみっともないところもありますが、ひと眼で見渡せて便利です。

並んだ帽子を眺めながら、気分は「Mad Hatter」です。

 

 

 

 

山田英幸

幼い時から美しいものが好きで、長年にわたり骨董・アンティーク・古裂・ヴィンテージテキスタイルなどを収集。

また手仕事も得意で、洋服、帽子、人形、テディベアなどを制作するが、1990年頃「究極の手仕事・仕覆」に出会い、現在も制作を続けている。

西麻布「ルベイン」「銀座松屋」などで仕覆展示会開催。

自称「手芸の国の王子様」。

 

とにかく、「もの」が好き。それにちょっとした工夫や手仕事をプラスすることで、身の回りを美しく、毎日を楽しくしたいと思っている。

愛知県名古屋市生まれ。現広告代理店クリエイティブディレクター。

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