住めば都も、遷都する2018/3/21

お気に入りの椅子で、夏目漱石の『草枕』を読み返す。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と主人公は、山道で思う。といっても、「人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい」とも考える。結局、「どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る」と画家である主人公は得心する。

 

温泉宿では、若奥様の那美に出会う。お茶を入れてくれて、羊羹を出される。羊羹好きの主人公は、「あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ」と感嘆する。

 

彼は那美に、「東京にいた事がありましょう」と問う。「ええ、いました、京都にもいました。渡りものですから、方々にいました」と彼女は答える。

 

都会と田舎のどちらがいいかを聞いた主人公に、那美は、どこへ行っても、同じと言う。「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。蚤の国が厭になったって、蚊の国へ引越しちゃ、何にもなりません」

 

そして、複数の男に言い寄られたからって、川へ身を投げるなんて、ばからしい。両方と付き合えばいいんですよとも那美は言い放つ。ああ、それなら、蚤の国でも、蚊の国でも、どこへ行っても生きていけるなと主人公は合点がいく。

 

 

引っ越しといえば、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』は、田舎町ロンボーンに資産家の若者が越してくることで、物語が始まる。

 

ベネット家は、女ばかりの五人姉妹。18世紀から19世紀にかけてのイギリス、良い結婚相手を見つけることは、女性にとっての一大事であった。「彼の気持ちや考えはさておいて」ご近所の娘のいる家庭では、独身男性を巡って、大騒ぎになるという長編小説である。

 

イギリス伝統のプラムケーキでも、いただきながら、オースティンを読むのも悪くないかも。それにしても、結婚ということが人生の大イベントだった時代。『草枕』は、『高慢と偏見』から、93年後に書かれている。那美という女性のつよさが新鮮に感じられる。

 

住めば都も、遷都する。引っ越しを何度も経験した那美は、「世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります」と言う。だが、転居をすれば、窓辺の風景は変わるし、読みたい本も変わるかも知れない。引っ越すことで変わる人生もあれば、変わらない人生もある。当たり前のことだが、時には人生に別の色合いを加えてみるのも、楽しいと思う。

 

 

関沢英彦

発想コンサルタント。東京経済大学名誉教授。コピーライターをへて、生活系シンクタンクの立ち上げから所長へ。著書多数。現在、ヤフーニュースなどの個人ブログも執筆中。https://news.yahoo.co.jp/byline/sekizawahidehiko/

http://ameblo.jp/ideationconsultant/entry-12291077468.html

 

 

 

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