LIFE IS BEAUTIFUL!!! 山田英幸のもの・ものがたり2017/12/22

好きなものだけに囲まれて暮らしたい。

毎日の暮らしを、わがままに、自分好みに美しく整えたい。

そのために必要なのはたっぷりのお金!!

ではありません。

ちょっとしたアイディアや工夫、少しの手間、そして何より一番大切なのはどれだけそのものを愛せるか、ということ。

 

身のまわりのものを愛する、ということは、暮らしを愛する、ということ。

それはつまり、人生を、自分を愛する、ということだと思います。

ちょっとしたことで、暮らしはもっと美しくなる。

人生も、もっと美しくなるのではないでしょうか。

 

 

[MERRY CHRISTMAS!!

今日はものの話からは少しずれますが、子供のころのクリスマスの話を書きました。

思い出すだけでもキュンとくる懐かしい昔のクリスマスです。]

 

昭和36年のクリスマス。僕は3歳、弟は6カ月。

 

僕が小学校に入った頃。

その頃はささやかだが、毎年家族でクリスマスを祝ったものである。

祖父母と父母、僕と弟。

一家6人みんな元気だった。

 

季節になると母にたのんで、天袋にしまってあるツリーの箱を下ろしてもらう。

埃っぽい蓋を開けると、去年のきらめきが少しだけ色あせて、そのままその中に横たわっていた。

ツリーは組み立て式で、針金の枝の角度を自分好みに調節できるのだが、絵本のツリーのように上から下に枝が下がる感じにはならないのが不満ではあった。

 

飾りの中で一番好きなのは、ボール紙で出来た小さな教会や家。

切り抜かれた窓の中を覗くと、内側には何か文字が印刷してあり、何かの厚紙を再利用したものだとわかった。

キラキラ輝くラメの粉が屋根の雪の部分に塗ってあり、その紙ヤスリのような感触は今も覚えている。

赤と白のモールで出来たロウソクや、赤や緑のガラスのボール。張りぼてのサンタもいた。

くるくると電飾を巻きつけ、綿の雪をところどころに乗っける。最後にてっぺんに銀紙で出来た星を載せれば完成である。

コンセントにプラグを差し込むと、電飾がチカチカ点滅しはじめるのだ。

クリスマスの日にはそのツリーが飾られた「応接間」で、買ってきたケーキを切り、弟と僕とは、メリークリスマスと書かれたチョコの板かお菓子の家のどちらを取るかでケンカをし、父はビング・クロスビーのレコードをかけた。

バタークリームのピンクのバラと、そこにかかった銀色のアラザンの味が懐かしい。

 

 

同じく昭和36年のクリスマス。母と祖母と。窓に貼ってあるのはたぶん僕が描いたツリーの絵。

 

父はあまり外で飲んで帰るような人ではなかったが、僕がもう少し小さいころ、当時(昭和30年代後半)のクリスマスの付き合いは今より派手だったようで、ある日珍しく酔って帰ってきた。

銀紙で出来た三角帽子までかぶって僕たちにおどけてみせる父は、普段見せないような上機嫌で、不二家のお菓子がはみ出すくらい入った赤いボール紙の長靴を得意げに僕と弟に手渡してくれた。

長靴はもちろんうれしかったが、酔っ払った父が珍しく、伸びたヒゲでジョリジョリ頰をすりつけてくるこそばゆさのほうがうれしかった。

 

あくる日は休みだったのだろう、いつもより遅くまで寝ている父に布団の上から馬乗りになると、はじめは眠そうにしていた父がやがて唸りながらうつ伏せに背中を丸め、「アルマジロだぞー!」と背中を揺すって僕たちを振り落とそうとするのだ。お気に入りの遊びだった。それが楽しくて、僕や弟は飽きることがなかった。

 

あの頃のクリスマスは、金紙や銀紙、キラキラしたラメ、モールなどで出来た「徒(あだ)な美しさ」があったと思う。

火を点けたら一瞬で燃え尽きてしまうだろう作りもののような輝き。

すぐに箱にしまわれ、やがて忘れられてしまうためだけにあるような儚いきらめき。

 

珍しく酔った父。

機嫌のいい母。

いつも優しかった祖父と祖母。

そして弟とわがままな僕。

その頃は当たり前だと信じて疑わなかった「完全な家族」があった。

 

 

これはたぶん昭和40年くらい、小学一年生くらいか?。近所の女の子たちと。手前は弟。

 

もし心理テストでテーブルを描け、と言われたら、僕はそこに迷わず椅子を6脚描くだろう。

「6」が我が家族の数。

長じても新しい家族を作らなかった僕にとっては、家族の数は不完全に減っていくだけである。そのことを嘆いてもしかたがない。

 

せつなく懐かしい、決して戻ることのできない家族のクリスマスの記憶。

あれが僕にとっての本当のクリスマスなんだと思う。

そして、明日を生きなければならない僕たちにとって、それは年に一度くらい思い出せばいいものなのかもしれない。

 

 

 

山田英幸

幼い時から美しいものが好きで、長年にわたり骨董・アンティーク・古裂・ヴィンテージテキスタイルなどを収集。

また手仕事も得意で、洋服、帽子、人形、テディベアなどを制作するが、1990年頃「究極の手仕事・仕覆」に出会い、現在も制作を続けている。

西麻布「ルベイン」「銀座松屋」などで仕覆展示会開催。

自称「手芸の国の王子様」。

 

とにかく、「もの」が好き。それにちょっとした工夫や手仕事をプラスすることで、身の回りを美しく、毎日を楽しくしたいと思っている。

愛知県名古屋市生まれ。現広告代理店クリエイティブディレクター。

 

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