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LIFE IS BEAUTIFUL!!! 山田英幸のもの・ものがたり2017/10/29

好きなものだけに囲まれて暮らしたい。

毎日の暮らしを、わがままに、自分好みに美しく整えたい。

そのために必要なのはたっぷりのお金!!

ではありません。

ちょっとしたアイディアや工夫、少しの手間、そして何より一番大切なのはどれだけそのものを愛せるか、ということ。

 

身のまわりのものを愛する、ということは、暮らしを愛する、ということ。

それはつまり、人生を、自分を愛する、ということだと思います。

ちょっとしたことで、暮らしはもっと美しくなる。

人生も、もっと美しくなるのではないでしょうか。

 

 

 

ごつごつした山茶碗にアメリカンチェリーの艶が際立ちます。

 

秋も深まってきましたが、お茶の世界では10月は「名残」の月。

お茶の正月である11月の新茶の口切を前に、過ぎゆく夏を惜しむ、そんな季節で、とりわけ「詫びた」風情が好まれるのだとか。

もう10月も終わりになり「夏を惜しむ」時期は過ぎてしまいましたが、それでもこの季節には華やかでピカピカしたものよりは、しみじみ人恋しくなるようなさびれたものが似合うような気がします。

 

「山茶碗」という茶碗があります。

そもそもは平安時代末から鎌倉時代にかけて、愛知県の知多や猿投の丘陵地帯で焼かれた無釉の茶碗や皿のことです。多くはキズものや失敗作として古窯跡に打ち捨てられていたものが発掘されたもので、「山の中から出る」かた「山茶碗」というんだそうです。

ごろごろっと武骨で、まさに侘びた風情がこの季節にピッタリだと思います。

 

僕は名古屋の生まれで、父は知多の出身でした。子供のころ父と一緒に父の故郷の家に遊びに行った時など、近所の山道などで古い陶片を拾うことがありました。父はそれが大変古いものであることを教えてくれました。

「鎌倉時代って・・・」

そのころの僕には、まるで実感の湧かない響きでした。そして、それが山茶碗のかけらだったかもしれないと知るのもずいぶんあとのことです。

 

大人になって骨董を集めるようになり、転勤で名古屋勤務になり名古屋の骨董屋さんをのぞいた時、そこの店先のミカン箱の中ににうずたかく積まれている山茶碗を見つけたのです。

なつかしい記憶がよみがえってきました。

子供のころ父と歩いた知多の山道。

 

「山茶碗」なだけあり多くはぶち割れ、また、何枚もくっついて焼きあがってしまったものもあります。そんなオブジェみたいなものでも野草なんかを生けるといい、とはお店のご主人の弁。

その時には残念ながら買うことはできませんでしたが、急に山茶碗がほしくなりました。

 

 

 

初めて買った山茶碗。父と歩いた山道を思い出して「一万歩」と銘名しました。 仕覆も実家にあった着物地で。

 

それで探して買ったのが、この茶碗。

「天」といわれる上がりのいいものです。

山茶碗は当時の雑器で量産品です。釉薬は掛けないのですが、窯の中で舞い上がった灰が降りかかり自然の藁灰釉になります。しかし何枚も重ねて焼くため、一番上には灰が全面にかかりますが、二枚目以下はまわりにしかかかりません。

したがって、このように全面に釉がかかっているのを「天」と言って珍重するのです。

しかしこの天、ゆがみの具合もよく、傷もなく、釉の感じもいいのですが何しろ表面がゴツゴツ、チョーザラザラ。

ホントはこれで抹茶を飲みたいのですが、茶筅が一発でダメになってしまいます。買ったお店の人も「抹茶はむりだろう?」って言ってましたっけ。

 

しかたなく小鉢ふうに使っています。しばらく水に浸してから使うと、艶が出て本当にきれいです。

これを手に入れた時はうれしくて、さっそく仕覆を作りました。表は実家にあった古い藍の木綿で、裏はこれも実家の絣の絹。

父と歩いた山道を思い出し、「一万歩」と名付けました。

茶碗自体は父と思い出をともにはしてませんが、仕覆を開けば父を思い出す、大切な茶碗になりました。

 

 

いんげんの白和えを盛ってみました。 ちょっとしたつまみにぴったり。酒飲み心を刺激する器です。

 

もちろんお茶も点てます。これはあんまりザラザラじゃないやつ。

 

下の10客セットをとある食事会で使いました。料理は中華風おこわ。侘びてます。

 

お茶もたてられるし、おかずも盛れる。時には野草を生けてもいいし、果物だって飾れます。こんなふうに、山茶碗はじつは非常に懐の深い、使いやすい器なんです。

絵付けもなく素材感だけ。形も、てらいや無理やりな感じがまったくなく非常に自然です。

このシンプルさがモダンにも通じるのでしょう。かえっていまふうのモダンなしつらえのほうが合うような気がします。

 

最近の「作家もの」とよばれる器に時折感じる押しつけがましさのようなもの、自己主張・・・。そういったものからは最も遠い、いわば無名性のかたまり。そう、「無」のかたまり。

 

「職人万歳!!!」

毎日同じことを繰り返しながらしだいに自己を消していったであろう職人たち。それなのに、それだからこそ、作られたものはこんなにシンプルに力強く存在している。

自分にはこんなものを作れるだろうか?

茶碗の裏に残る指跡をなでながら、千年前の陶工たちに思いをはせるのです。

 

 

そんなこんなで10枚以上集まった山茶碗。窯場もかくや?

 

 

山田英幸

幼い時から美しいものが好きで、長年にわたり骨董・アンティーク・古裂・ヴィンテージテキスタイルなどを収集。

また手仕事も得意で、洋服、帽子、人形、テディベアなどを制作するが、1990年頃「究極の手仕事・仕覆」に出会い、現在も制作を続けている。

西麻布「ルベイン」「銀座松屋」などで仕覆展示会開催。

自称「手芸の国の王子様」。

 

とにかく、「もの」が好き。それにちょっとした工夫や手仕事をプラスすることで、身の回りを美しく、毎日を楽しくしたいと思っている。

愛知県名古屋市生まれ。現広告代理店クリエイティブディレクター。

 

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