暮らしのヒント2022/5/2

 春の最後の節季となる先月20日「穀雨」は、すべての穀物を潤す春の雨を指す。「春雨降りて百穀を生化すれば也」というように、農家ではこの時期に種を蒔き、田畑を浸す雨は植物の成長を助けるのである。また、明日2日は「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る」の八十八夜である。立春から数えて八十八夜目、気温は上がって寒さに弱い茶の葉の収穫もはじまり、いよいよ「立夏」を迎え夏が始まるのである。

 このように農村では農作業に追われ慌しくなる季節だが、芽吹きの遅い栗や柿も柔らかい葉を広げ始める頃で、我々の眼を一層楽しませ、心浮き立つ季節である。今年わが国特有のゴールデンな連休は最大10日とのことだが、僕の例年の楽しみはこの時期旬を迎えるそら豆だ。

 

まずは塩茹で

 

 南北に長い日本列島には季節に差があり、すでに旬を過ぎたところもあろうが、地産地消とばかりスーパーに並ぶ好物には目もくれず、わずか一週間の旬を逃すものかと、僕の雑節に等しくなって久しい。そら豆の祖先種がどこか、はっきりわかっていないが、中華料理定番の調味料豆板醤の原料なので、わが国にはきっとその辺りの種族が奈良時代に請来したものであろう。江戸時代には、蚕が繭を作る季節つまり春蚕期が今頃に辺ることから「蚕豆」と呼ばれたり、若莢の時に空を見上げることから「空豆」と書くこともあるという(実際に上を向いているが収穫は下がってからだという)

 

上を向いている

 

 僕は採れたての莢の産毛が瑞々しい手触りを楽しみつつ、黙々と莢から実を取り出す。こうした過程を端折って実だけを買ってくるなんて論外だと僕は思う。それをたっぷりの沸騰した湯に入れ1分弱、僕は固めを好む。まずは収穫に感謝しつつ、むしゃむしゃとっては皮をむき頬張る。人心地ついてビールで乾杯、美味い。次に剥いた大量の皮をオリーブオイルや鉄鍋、時には炭火であぶり食す。これがまた美味だ。

 

収穫は下を向いてから

 

 食はバランスが大事だと人は言う。だが、バランスなんてものを考えていては、またそのものの味と旬を感じるには、飽くるまで食することの大切さを経験から知った。旬は瞬間でありメリハリという通り、日常のバランスの中に折々のハレ、旬のスパイスを入れることを忘れてはいけない。短い人生の中でこうしたアクセントになる各々の好物を見つけることこそが肝要だと思う。

 

瑞々しい

 

 もう一つ、この時期に食しているものがある。富山滑川のホタル烏賊だ。今年は来客の都合もあり、四月の初めに食したが僕的には満足いくものではなかった。これから送られてくるものが如何か?来年にまた報告したいと思う。

 昨今、地球の温暖化とか持続可能性について叫ばれているが、食の旬の時期は常に変化し、今があるのだと思う。その変化の元凶は言うまでもなく我々人間であることを、常に頭の片隅に置きつつ食していきたい。春の生命の誕生に向き合い食し、日々きちんと生きようと決意を新たにする僕のゴールデンな授かりものそら豆、僕は今か今かと農家さんからの便りを待っている。

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

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