暮らしのヒント2021/11/2

 先月の神嘗祭に続き今月もお米に関して述べたいと思う。今月11月23日は、勤労感謝の日という空虚な名の祭日であるが、年に何度か天皇陛下自らが行う皇室祭祀、大祭の中でも最も重要な「新嘗祭」が行われる日だから祭日なのである。特に令和元年に行われた天皇代替わりの儀式を、「大嘗祭」といい、お米を収穫し実を残し死んだ米が、新たな米として生まれ変る、という思想と即位が一体となった一代一度きりの儀式なのだ。こうした米の食儀礼と皇位継承儀礼と一体な国は日本だけである。毎年天皇陛下は皇居の水田で「お田植え」をされ、自ら収穫されたお米などを神前にお供えし、神嘉殿という専用の祭殿で祭祀を行う。

 

 

 国生みや天孫降臨の神話でも、生きる上で欠かせない食べものは、神様からの授かりものとされ、食事のとき「頂きます、ご馳走様」は、カミへの感謝である。大祭に限らずともお正月神棚への供物や、村祭りの「直会」も、突き詰めれば神様と食を共にする儀式であり、日本各地の秋祭りは豊作祈願の祭りであり地方色豊かである。焼酎の産地鹿児島には、田んぼを守るお地蔵さまがいらっしゃる。「たのかんさあ」という田んぼの神様で、この春まだ田植え前のそれを拝見する機会があったが、県内各地に二千ものユニークな石像がある。田んぼごとそれぞれに特徴あり、自分の田の神様に豊作を祈り石に願いを刻んだのである。

 

 

 さて、稲作農耕文化はわが国の礎であった歴史は長い。が、国民の生命維持に不可欠な米に対する穀霊信仰は薄らいできているように思う。事実米の消費は減少しているが、米は麦と比較しても単位面積あたり二倍の収穫高、高カロリーな澱粉質の食品である。最大の利点は保存が利くことで、握り飯や餅などは保存食品として重宝された。が、しばらくの減反政策により、先祖代々培ってきた食が脅かされている。稲は麦のように肥料さえやっておけば土地にこだわらず耕せるのと違い、一年休田したらもとに戻すのに三年はかかるという。

 

 

 かたや戦後占領下のGHQに勤労感謝の日とさせられた新嘗祭。本来なら旧暦11月2回目の「卯の日」であったから、つまりは毎年日が変わるのだが、固定化され言葉の意味が薄れたのも戦後のことだ。2月11日の紀元節、11月3日の明治節など言葉に意味がなくなれば、祭日本来の意味も不明になることは自明のこと。GHQが再び国威発揚を促すような芽を摘んだのであろうが、ある方が「米国の占領政策の一つに、日本の食生活及び文化を崩壊させるため、ファーストフードを広めたのだ」と言っていた言葉を思い出す。食は生命の根幹であり、民族の生きるための知恵まで消してはならない。僕らも毎年の新米に感謝し、陛下が行う日々の祈りの意味を、もっと知るべきなのではなかろうか。

 

 

今年は先月記した棚田の新穀をドライフラワーにしてもらい、ささやかな我が家の新嘗祭のお供えに、棚田の新米を始め各地から取り寄せたそれを食し祝いたいと思っている。

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

暮らしのヒント についての記事

もっと見る