暮らしのヒント2021/10/3

旧暦10月を「長月」といい、夜がだんだんと長くなることに由来するとか、「稲刈月」が短くなって「ながつき」となったなど諸説ある。一昨日は台風一過、すっかり空気が入れ替わり、また緊急事態宣言も解除され、まさしく秋の夜長を楽しむ季節となった(希望も込めて)。昨年は、コロナ禍の間隙に日光から信州へドライブしたが、黄金色の稲穂が頭を垂れる今頃、日本各地で秋の実りを祝う収穫祭が行われる。

 

葉山上山口の棚田

 

西日本では稲刈が終わった10月の亥の日、亥の刻に新穀で猪型の餅を作り食べると病気をしないと伝わる祭りが行われている。また、猪が多産であることにあやかり、豊穣の神にも通じるとし、子孫の繁栄祈願をもした。東日本では旧暦十月十日に「十日夜」と言う似たような収穫祭があり、案山子を揚げて祀ったりと地方色豊かである。だが、秋の実りと言って真っ先に浮かぶのが新穀であろう。一昨年より縁があり、またコロナ禍もあり通っている神奈川県葉山にも小さいながら棚田があり、御用邸にご静養中の上皇ご夫妻が訪ね、皇室の献上米になった年もある。最近ではその棚田に隣接する農家のIさんと親しくなり、新米や折々の野菜を分けて貰っている。

 

地這い胡瓜を摘むIさん

 

棚田の畔で育つ田の畔豆(アップ)これもビールの良き相棒

 

葉生姜ーよき酒肴

 

こうした一年を通した年中行事を眺めていると、農耕行事と表裏一体であることがよくわかる。梅雨を迎え田植えの時期である旧暦5月を皐月といい、神に捧げる稲を表す「皐」に月がついたとか、「早苗月」が短くなって「さつき」になったとか言われている。緯度が南北に長いわが国では、地域によって田植えの時期も異なり、九州では3月下旬に早場米の苗が植えられ、今や生産量全国一である北海道では、その二ヵ月後である。特に漫々と水をたたえた水田は、一夜にして風景を一変させ、今では少なくなった日本の原風景と言えるだろう。

 

葉生姜

 

記紀の神話と言うと堅苦しく感じるが、天孫降臨の場面でも地上最初の君主、番能邇邇芸命はその名から「穂之丹饒君にて、稲穂に因れる御名」という説があり、またその父である天忍穂耳も同様に「穂」を付け、「豊葦原水穂国」に降り立ったことがその名から感じられる。記紀の昔から、稲は象徴であり神聖視され、田植えに際して身を清めた。商売の神様である伏見のお稲荷さんも、もとは「稲のなる山」で、身近な地鎮祭でも水と塩、そして米を撒く。神社のお賽銭も以前は米をくべていたという。

 

棚田の畔で育つ田の畔豆

 

中でも今月半ばに天照大御神に新穀を献上する伊勢神宮の「神嘗祭」は、まさしく「神の饗」が転じたとされる「神嘗」にふさわしい祭典だと思う。神宮の祭りは、年間1800以上行われているというが、日々祈りの積み重ねが神宮の歴史であり、祖先の経てきた足音なのだと思う。その祈りの中で、最も重儀なのが神嘗祭で、「神宮の正月」と言われている。昨今パワースポットとか言われているが、神様は定住してはいない。マツリの一瞬闇の中に降臨するものだと僕は思っている。「何事かおはしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる」(西行)と直に感じられる瞬間がある。機会があれば是非伊勢神宮の神嘗祭に参拝し、感じて欲しいと思う。

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

 

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