バビロン再訪~バブル時代のマンション物語~2021/7/1

家族ドラマの家族が住むのは一戸建て

 

シリーズ「映画のなかのマンション」では、世界の映画でさまざまに描かれてきたマンションを追ってみる。

 

シリーズ第四回は、『家族ゲーム』(森田芳光監督 1983年)。

 

先日の日経新聞に「家族ドラマ、名作プレーバック」と題され、TV放映された家族ドラマの名作を振り返る記事が載っていた(NIKKEIプラス1 2021年6月5日)。

 

一位にランクされたのが、今から44年前の昭和52年(1977年)に放送開始された『岸辺のアルバム』(TBS)。家族ドラマとはなによりも昭和のドラマだった。

 

家族ドラマの家族が住むのは決まって一戸建てである。マンションを舞台とする家族ドラマはほとんどない(★1)。

 

それは家族ドラマの全盛期が昭和であったこととも関係しているが(何回かのマンションブームがあったとはいえ、マンションの存在感は、今ほどは高くはなかった)、本質は別のところにある。

 

家族ドラマにおいては、家族の確執を描くにせよ、家族の崩壊を物語るにせよ、失われた家族へのノスタルジーを謳うにせよ、その前提には確固たる家族像や家族が体現している価値観があった。

 

確かな家族というイメージを象徴するのが、土地付き一戸建てだった。かつては「一家を構える」、「一家の主人(あるじ)」とよく言われたように、家(土地付き一戸建て)は、名実ともに家族そのものだった。

 

家族の絆が失われていく姿を描いた『岸波のアルバム』において、多摩川の堤防が決壊し、主人公家族のマイホームが流されてしまうというラストは、いかにも象徴的だ。

 

昭和の家族ドラマを終わらせた『家族ゲーム』の登場

 

 

『家族ゲーム』の主人公家族の沼田家は4人家族。父(伊丹十三)は、高校受験を控えながら一向に成績が上がらない次男(宮川一朗太)に家庭教師(松田優作)をつけ、兄が在学している難関校に合格させるよう依頼する。

 

家族はそれぞれに、いかにも父で、いかにも母で、いかにも子供のふるまいであり、言動なのだが、その様子には、どことなく不自然さがついて回っている。

 

サラリーマンの父による人生訓も、母の子供達への気遣いも、学校生活や受験勉強に身が入らない次男の態度も、さらには級友からの振るわれる暴力さえも、どこか紋切り型で、演技的で、リアリティが希薄だ。

 

本作では、そのタイトル通りに、家族というものがもはやドラマの主人公としての実態ではなく、ゲームとして演じられる形式として描かれる。

 

家族の明確な価値観やイメージが失われてしまった後に、それでも個人が集まって住むには、家族という形式を演じることが必要だ。『家族ゲーム』のゲームとは、家族という形式を演じることにほかならない。

 

有名なシーンがある。

 

沼田家の住むマンションは、一昔前によく作られた、いわゆる「中DKスタイル」の間取りだ。沼田家は、そのダイニングに置かれた横長のテーブルに横一列に並んで食事をする。それはそれまでの家族ドラマでは決してなかった、全員がカメラに向かって食事をする構図であり、まさに演じられた家族を象徴するシーンである。

 

本作は、家族の確執と崩壊とノスタルジーを描いた家族ドラマの時代、つまり昭和の時代の終焉を見事に言いあて、当時、観る者に、演じられる家族という新たな家族の姿、新たな時代のリアリティを実感させた。

 

戦後や昭和という言葉でイメージされる価値観が共有されなくなり、現実をリアルに語れば語るほどリアルに感じられなくなる、昨日までのリアルがいつの間にか嘘っぽく感じられるようになる、そんな時代が到来しようとしていた。

 

昭和の終焉とそのフィナーレを飾るバブルの足音はすぐそこまで迫っていた。

 

歴史、記憶、しがらみとは無縁の新しい風景

 

別の言い方をすれば、結婚や血縁関係によって当たり前に、否応なしに家族が家族となる時代は終わった。家族は家族という形式を信じるから家族になるのであり、嘘(演技、フィクション、ゲーム)によって家族は作られ維持される。家族は想像力の産物であることを本作は喝破した。

 

昭和の家族ドラマの舞台が一戸建てだったのと対照的に、家族ゲームの舞台、演じられる家族が住む場所として描かれるのは、いまでいう湾岸エリアの高層マンションだ。

 

土地に根づいて一家を構える家族にふさわしいのが、丘陵を削り、農村を開発した一戸建て住宅地だったとしたら、新しい家族のリアルにふさわしいのは、山や村とは無関係の、海を埋め立てた場所に作られた高層マンションだ。

 

これまでの歴史や記憶やしがらみがまとわりついた土地から切り離されて住む場所だ。

 

松田優作演じる家庭教師が沼田家を訪れる際、きまって船に乗ってやってくる。ゲームを演じることを通じて家族であり続ける家族の住む場所は、二重三重に土地から切り離されていることを暗示しているようだ。

 

高層マンションのロケ地に選ばれた晴海の勝どき6丁目アパートは今も現存している。

 

 

映画の当時、周辺には空き地や倉庫群が低く広がっており、ひと際目立つ存在だった14階建のその姿も、隣接地に建ったTHE TOKYO TOWERSの58階建ての威容の陰に隠れて、今ではすっかり影が薄くなってしまった。

 

 

今では周辺はおろか、その先の、さらにその先の埋め立て地までが、すっかり高層マンションに埋め尽くされている。

 

眼の前に広がるこの風景は、この40年間で『家族ゲーム』の家族がすっかり当たり前になったという証でもある。

 

 

ラストの禍々しさが物語るものは

 

『岸辺のアルバム』のラストで一戸建てのマイホームが流されたように、マンションは堤防が決壊しても決して流されることはないだろう。

 

とはいえ、本作のラストが暗示する家族のゆくえはというと、決して安寧なものではなさそうだ。

 

ヘリコプターの音がどこからともなく聞こえてきて、空気は一気に不穏さを帯び、いつの間にか母と息子は部屋のなかで静かに身を横たえ目を閉じる。それは眠っているようにも、死んでいるようにも見える。ヘリコプターの音は鳴りやまない。

 

マンションという宙づりになったコンクリートの箱のなかで、家族が溶解していくかのようなシーン。

 

禍々しい余韻を残して、本作は幕を閉じる。

 

 

(★1)前掲の日経新聞の記事でランクインしている作品では、いずれも令和の時代に作られた『義母と娘のブルース』(2018年、TBS)と『最高の離婚』(2013年、フジテレビ)の家族はマンションに住んでいるとの設定である。家族ドラマとはいえ、両作とも母娘や夫婦が実質の主人公のようだ(未見)。

 

 

 

大村哲弥 一級建築士/ブロガー

有限会社プロジェ代表:1984年、セゾングループのディベロッパー株式会社西洋環境開発に入社。住宅・マンション事業のマーケティング・商品企画・事業企画に従事する。バブル前夜からバブル崩壊とその後のカルチャーシーンのなかで20歳代、30歳代を過ごし、不動産ビジネスに携わる。1996年、有限会社プロジェ設立。建築・住宅分野のコンサルティング・商品企画・デザイン・執筆などを手がける。東京工業大学大学院修了。一級建築士。

ブロガー:本・映画・音楽・アート・デザイン・ファッション・都市・建築・食・料理・旅・暮らし・まち歩きなどのカルチャーフィールドを横断的に渉猟・論考するブログを主宰。

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