暮らしのヒント2021/3/15

一都三県の緊急事態宣言は再び延長に、ここまで長期化するとすっかり緊急性は薄れたが、今月1日祖父の祥月命日には、早起きして北鎌倉の、縁切寺で知られる東慶寺にお参りする。境内は、ちょうど梅の見頃でやはり「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉通り季節は巡っていると実感する。

 

東慶寺

 

山門からちょっと奥まった小高いところにある小林家の墓所には、写真のような五輪塔が据えられている。上から空、風、火、水、地を象った五輪全体から、鎌倉時代前期の柔らかな雰囲気が伝わってくる。石材なのに柔らか、というのはどこか矛盾しているかもしれないが、五輪塔は時代が遡るほどかたちがよく、ふっくらとした水輪部分には如来が掘ってある。これは小林が京都のY美術店で求めた後、長らく伊豆大島を借景とした自邸の庭に据えてあったものを、亡くなる五年前墓石としてここへ移してきた。そのためか僕にとり、祖父母の家に遊びに来た感覚で、また例年春のお彼岸に近いこともあり、墓参に打って付けの環境である。

 

小林秀雄墓所

 

本年のお彼岸の中日は20日、春分(秋分とともに)は、二十四節気の中でもとくに大事な節目で、その前後三日の一週間は「春のお彼岸」の期間にあたっている。わが家、つまり父方の墓所は兵庫県三田にあり(ゆくゆくそこに眠ることになっている)遠方を言い訳に、中々墓参を果たせないのだが、コロナ禍にも関わらず関西地方のそれが解除したことで、予定通りの仕事があり、このたび運よく続けての墓参になった訳である。

 

右:次郎 左:正子

 

写真右手が祖父次郎の墓で、さきのような骨董品ではないが、同じように全体を五輪塔風に象った板碑の真ん中に、梵字を刻んだユニークなものだ。なんでも楽しんでしまう祖母正子の性分で、次郎が亡くなってから思案し、黒小松の石材に見付けてきて自ら図案化、次郎の梵字には不動明王を、自らは十一面観音の梵字を選び、石工に頼んだオリジナルだ。ちなみに梵字はサンスクリット語の文字で、お彼岸は、その「波羅蜜多」を訳した意味だ。この世の「此岸」に対し、「彼岸」は現世の苦しみを修行により克服した悟りの境地、向こう岸の意味である。春分と秋分は、昼夜の長さを同じだけではなく、太陽が真東から昇り真西に沈むので、沈む太陽に極楽往生と、祖先への信仰を重ね合わせ、夏のお盆や正月ともに日本人の生活に定着した歳時記である。

 

次郎梵字

 

 

正子梵字

 

各家の墓所とは、いまを生きる我々と、ご先祖様との待ち合わせ場所であり、いつも漂っている魂の目印として、故人は墓石に思いを込めたように思う。僕がお墓参りに重きを置くのは、明治以降とくに戦後急速にすすんだ近代化ゆえに、眼に見えない科学的に説明できない世界に背を向け、言葉にはならない言葉を聞く作業を怠り、死者との交歓を避けてきたように思う。絆とかワンチームなどことさら騒ぎ立てなくても、ご先祖様は僕らの幸せを願っているはずであり、まずは身近な死者とのつながりをしっかり見つめ直すべきでなかろうか。

 

*トップ画像は白洲次郎・正子が眠る心月院

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

暮らしのヒント についての記事

もっと見る