暮らしのヒント2021/2/16

コロナ禍で緊急事態宣言もまたひと月延長になる。テレワークの時間が長くなり、STAY HOMEもすっかり定着?したが、息抜きのジョギングや近所を散策など、そうした日常当たり前の景色の中にも、今まで気づかなかった、季節による小さな気付きがあり、これから訪れる春を実感することがある。

 

満月と富士の夜明け

 

僕の場合は昨年から、彼方にある富士との付き合いが日常になる。すっかり早起きになり、今も日の出前に東の空をチラ見しつつこれを書いている。日の出時刻の前哨戦として、鳥たちが(と言ってもここでは圧倒的にカラスだが)賑やかになり、山の端が明るくゆっくり夜は明けてくる。晴れていると僕はそわそわと部屋を出て、朝日があたる富士を眺めにいく。富士は光線の具合によって見え方が千変万化、いい具合に斜めから日が指してくると、頂上付近が一瞬赤くなり、まるで富士に、新たな生命が宿っているかのように感じるときがある。日中はお隠れになるときも多々だが、夕方夕日の光線具合で、再びぐっと浮き出てくる富士を楽しみに過ごしている。

 

冬の毛嵐

 

田子の浦にうち出てみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ

 

今から1300年ほど前の、有名な山部赤人の歌である。三角錐の神南備型の山々は原始においてカミであり、禁足地とされ、また山は死者の霊が赴くところと考えられていた。静岡で発掘された縄文草創期の竪穴式住居は、富士が拝める北東を向いて建てられていたという。きっと日々遥拝していたのであろう。いまから一万年前!原始から、富士はずっと信仰の対象神体山であり、富士信仰は民衆へと広まっていったのである。

 

ダイヤモンド富士

 

僕は、富士との日常の中で年に2度のハイライトがあることをしった。富士の頂上付近に夕日が沈むいわゆるダイヤモンド富士だ。立春を過ぎ冬から春へ、そして夏至に向けて太陽は少しずつ北に、頭では理解しているけど、落日の場所はひと月で随分動くものだと実感する。風の匂い、浪の音、空のブルーは深くなり、雲は自由な画を描く。富士はときには厳かに、また優しく包容してくれる、やっぱりカミの山なんだと、眼の前に現われた二度とない瞬間に掴み、胸に刻んできた。印象派の大家モネは、「本当に海を描こうと思ったら、海を毎日あらゆる時間に同じ場所で見なければ、その生命を知ることができません」(モネ アリス・オシュデ宛手紙 1886年)画では無理だが写真で試している。

 

盛夏の富士(夕刻)

 

ときには水墨画

 

コロナとの付き合いを、戦いと表現するかたもいるが、昔の人たちがやってきた「自然との共生」にヒントがあるように思う。幕末に来日した英国の公使は、富士火口にビストルの弾を撃ち込んで登頂を祝したというが、僕らは自然を征服するのではなく、手を合わせ拝むことで共生してきたのである。昨今再び頻発しつつある地震も疫病と似た災いであるが、日の出や月の満ち欠け、身近な草木など、今まで気にも留めていなかった日々の「定点観測」に新たな発見があり、コロナ禍の活路があるように感じている。

 

*トップ画像は初夏の富士(早朝)

 

 

 

白洲信哉(しらすしんや) 文筆家/アートプロデューサー

1965年東京都生まれ。細川護煕元首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方、広く日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザイン、展覧会などの文化イベントの制作に携わる。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な編著書に『骨董あそび』(文藝春秋)、『白洲次郎の青春』(幻冬社)『天才青山二郎の眼』『小林秀雄 美と出会う旅』(新潮社)『白洲家としきたり』(小学館)『かたじけなさに涙こぼるる』(世界文化社)『旅する舌ごころ』(誠文堂新光社)他多数。最新刊に『美を見極める力』(光文社新書)。

暮らしのヒント についての記事

もっと見る