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甘い生活2017/9/12

80年代のハリウッド映画に「ローズ家の戦争」という問題作があった。悲劇か喜劇か最後までわからない、いや今尚わからないからこその問題作。ブラックコメディーには違いないが、そのテーマがあまりにも鋭く家庭に潜む深い闇を描き出していたから、大きな問題提起を孕んだ、笑うに笑えない重たい作品となったのである。
男と女が出会い、愛し合い、結婚。2人の子供を設けるが、やがて愛が冷め、激しく憎み合うようになる……一見それだけの話にも見えるのだが、そこにはある重要な法則が隠されていた。家作りは、決して仕上げてはいけない、という………。

 

この夫婦は結婚してまもなく、古い豪邸を手に入れ、改装を始める。少しずつ少しずつ。ときには自分たちの手で。それは夫婦の共同作業として、お互いに喜びをもたらすものだった。ところが、そうした長年に渡った家づくりが完成を見る頃になると、夫婦の愛が冷め、激しく憎み合うようになる。なぜ?ズバリ、家が完成してしまったからである。

 

多くの映画解説に、こうした指摘はないけれど、私は確信を持っている。夫婦の愛を終わらせたのは、家の改装とインテリアの完成。家づくりは人間にとって、大きな生きがいの1つになるから、仕上げることが目的でありながらも、仕上げることは終わりを意味し、生きるエネルギーを減退させる。ところが、よもやそれが原因とは思わないから、人生が退屈に思えてきたのは夫のせいに違いない、などと思い始めるのである。

 

もちろん、ローズ家の場合はもともとこの2人の相性の問題があったのだろう。ブラックコメディーとしてとても巧みな演出だが、2人の子供たちはどちらも肥満になっている。この夫婦は、妻と夫としても、親としてもなんだかチグハグであった訳で、それが壮大な家づくりの計画によって、思い切りカバーされてきたと言うことになる。

 

言うまでもなく、家づくりは夫婦の共同作業。いろんな意味で2人の合作。だからそこを接点につながっている夫婦は、決して少なくないのだ。経済的に恵まれていて生きていくのに不安がない夫婦にとっては、なおさら。リタイヤした後、東南アジアのどこかにプール付きの家を持とうネみたいな、そういうリアルな夢が夫婦の絆をもっとも深めてくれたりするのは、言うまでもないこと。
だからその絆をより深めるためにこそ、家づくりは終わらせないことなのだ。

 

家づくりが完成してしまうと、まずその家に関心がなくなると同時に、人生が空虚に感じる訳で、それが証拠に、例えば住宅展示場の家を思い浮かべてみて欲しい。あそこに住んでと言われたら、一瞬嬉しいけれど、すぐに嬉しくなくなる。インテリアも含め全てが完成している家にいると多分1日で飽きてくると悟るかもしれない。
ここに何を置こう。あの壁にどんな絵を飾ろう。 そうやって考えていることそれ自体が、すなわちその家に住まおうという情熱であり、生きていることの喜びになっていく。だから、仮に家が完成してもインテリアを完成させてはいけないのだ。
もちろん、いつも改装中だったり工事中だったりするのでは話にならない。人を呼べる位の体裁に整えるのは急いでやりたいけれどが、でもどこかがいつも未完成であるべき。ここが不満で、いつか変えたいと思っている、そういう”ぺンディング”こそが生きがいになるのだから。

 

完璧を急がなくていい。いや急いではいけない。できれば完成させないで。常に自分自身に関心を持たせ続け、夢中にさせ続けるような家にしておいて。それが幸せのテクニックの1つであること、夫婦円満の鍵であることは、紛れもない事実なのである。
ちなみに、「ローズ家の戦争」の結末は(ネタバレ注意)、 2人で作った豪邸の中で壮絶な夫婦喧嘩、だから家がどんどん破壊されていく。最後はシャンデリアにぶら下がって殺し合うと言うとんでもないエンディング。しかし、そこで2人が死んだかどうかは描かれていない。ひょっとしたら、悲惨なまでに壊れた家をまた丁寧に直していくために、2人仲良く力合わせていたりして……。

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

 

写真:酒井久美子 フォトグラファー

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