甘い生活2019/5/14

「企業BGM」が、今静かなブームだそうである。オフィスにも、気にならない程度のBGMを流すという試み。業種や部署やシーンに合わせた音楽が流されるというもので、言うまでもないけれど、職場におけるストレスを軽減して、仕事の効率アップをはかるためのものだと言う。

 

もちろん、そんなものは邪魔になると言う声もあるのだろう。しかし、逆に集中力が高まり、自ずと人間関係も良くなると言うデータもあって、にわかに注目を浴びるようになってきた。最近は、最も先進的なIT企業が、仕事中の「瞑想」を義務づけて、ストレスを解きながら仕事効率を上げようとしていたりするほど。

 

非常にエモーショナルな方法とは言えるけど、例えばこんな場面を想定してみて欲しい。会議中に誰も発言しなかったり、気まずい沈黙になった時、全くの静寂は人々の心を追い詰める。そこに心地よい音楽がほのかに流れているだけで、誰もが助かるのは確かなのだ。デスクワークで原稿を書いたり、企画書を作ったりするような画面では、少しだけテンポの良い音楽が流れていると、不思議に仕事がはかどったりするもの。

 

 

こんなケースもある。歯医者で心地よいクラシックがかかっていると痛みと恐怖が軽減する……。ちなみにエステティック等では、自然界の音を集めた環境音楽が流されるが、それ自体が副交感神経を優位にしてストレスをほぐすことで、美肌効果を高めるプログラムの一環であるのは言うまでもない。音楽もいろいろで、やはり邪魔になる音があるのは確かだけれど、モーツァルトの音楽が全ての人の緊張を和らげるという研究結果があるように、音楽の力はやはり計り知れないのだ。

 

じゃあ家ではどうだろう。音楽の好き嫌い、ジャンルの好き嫌いには思いっきり個人差があるから、一概に決めつけるわけにもいかないが、1日の時間の流れを音楽で例えれば、朝はバロック、午後はボサノバ、夜がゆるいジャズ……そういったナチュラルな選曲で、かすかにBGMを流すのは、音のインテリアと言えるのかもしれない。

 

とりわけ人を招く時は、音楽が想像以上のインテリアになることを覚えていて欲しい。他人の家の空気は、実際よりも何倍も敏感に感じ取れてしまう。その家の住人がもう全く感じなくなっている匂いや気配、空気の濃度や濁りのようなものを、招かれた人は必要以上にデリケートに感じ取ってしまう。そういう意味で、重宝なのが音のインテリア。美しい音楽は、家の空気感まで明らかに美しく塗り変えてくれるからなのだ。

 

音楽には視覚から入る情報をやわらかく間引く力を持っている。いや視覚から入ってくる情報以上に、心の向きを変える能力を持っていると考えていい。同様に、様々な生活音や、どこからともなく漏れてくる雑踏からの雑音、そういうノイズを消す効果もあって、それだけでも家の中を浄化してくれる。もちろん日々そういうノイズにさらされている住人は、精神的に救われる。孤独感や虚無感もなくなったりする。それくらい、日常生活における音楽の恩恵は大きいのである。

 

おもてなしにはもちろん、家にいて気持ちがネガティブになったら音楽をかける。イヤホンでパーソナルに聞くのではなく、ちゃんとスピーカーで音楽を流し、部屋の中になめらかに溶けこませるのがコツである。

 

まさに音楽は形のないインテリア。空気に馴染む、時間に馴染む音楽を選ぶのも、住まう技の1つである。

 

 

齋藤薫 美容ジャーナリスト/エッセイスト

女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーと幅広く活躍。新刊『大人の女よ!もっと攻めなさい』(集英社インターナショナル)、『されど“男”は愛おしい』(講談社)など著書多数。

甘い生活 についての記事

もっと見る