住めば都も、遷都する2019/2/27

家にいる時は、オーストラリアのクラシック音楽専門局をネットで流している。「どうして?」と聞かれるが、「時差があまりないから」と答える。こちらが朝なのに真夜中の国のライブ放送を聞いていても実感がないのだ。

 

ところが、時差はなくても、季節は逆なのである。「暑い一日が終わり、屋外コンサートが始まろうとしています」なんて言われてもね。でも、「ああ、芝生の上で夏の宵かあ」と憧れもある。季節への憧れって、それぞれの節目に感じるのではないだろうか。

 

春。その最初の兆しがあって、だんだん、現実のものになっていく。「この間、お正月だと思ったのに」と時間の早さを嘆くと同時に、期待感も高まってくる。いや、何か、予定があるわけではなくて、暖かい日差しへの思いかも知れない。

 

 

季節の兆しといえば、窓からやってくる。高層の住まいなら、空の色合いが変わる。雲がモワッと柔らかくなり、春めいてくる。

 

庭があれば、つぼみを付けた花、やってくる野鳥で季節が見える。「角の花屋さんで、買ってきたのよ」と春らしい花を花瓶に挿すこともあるだろう。

 

季節感のほとんどない、例えば、南極の越冬隊は、季節行事を室内で行って、みんなの鬱屈しがちな気分をほぐすのだという。

 

月に長期滞在する人々が出てくると、どうするのだろう。ええと、地球から見たときに満月が見えるときは、月から見た地球は真っ暗になるのかな。逆に地球上で新月の時、月では、「満地球」になると。そんなわけで、「満地球」の宴が開かれたりして。もちろん、その場合も、月面基地の窓から光り輝く地球を見ることになる。

 

私たちの遠い祖先が洞窟に住んでいた頃は、洞窟の入口から入り込む光の感じから「春だな」とか言っていたのだろう。「そろそろ狩りのシーズンだ」とかね。

 

住まいによって、季節の移ろいを雄弁に語る窓とそうでもない窓がある。天窓や吹き抜け空間の窓は、空から次の季節が降ってくる感じがする。茶室にあるような低い位置の窓は、下草の色合いにも春がにじんでくる。住めば都も遷都する。季節感で住まいを選ぶという視点もあるのではないかしら。

 

 

 

関沢英彦(文・イラスト)

発想コンサルタント。東京経済大学名誉教授。コピーライターをへて、生活系シンクタンクの立ち上げから所長へ。著書多数。現在、ヤフーニュースなどの個人ブログも執筆中。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sekizawahidehiko/

http://ameblo.jp/ideationconsultant/entry-12291077468.html

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