住めば都も、遷都する2018/12/19

遠くに旅をして、家に帰り着くとホッとする。まるで、遠洋航海の船が母港に戻ったときのように、「ああ、帰ってきた」と思う。毎日の通勤でも、深夜帰宅したときなど、港の灯を見るように、マンションの明かりを見上げる。

 

わが家には、母港のような安堵感がある。現代だと、母国の空港に着陸するときに当たるのかな。港ほどの情緒はないが、それでも、入国審査を通り抜けて、ロビーを歩くと一挙にくつろいでしまう。

 

空港内の食堂街の辺りまで歩いてくると、醤油だしの匂いがして、ああ、日本だなと感じることがある。海外に出かけたときは、土地ごとに嗅覚を刺激される。恐らく、その国の人なら、それぞれの匂いに「ああ、帰ってきた」と感じるのだろう。

 

家は、ホッと心休まる港である。闘うというと大げさだが、外の世界でときにはシンドイ体験をした人が、戻ってくる砦であり、シェルターのように包み込んでくれる。

 

 

一方、家は、もっとオープンな場でもある。そう、南欧の広場のように、街の人々が集まってきて。何をするのでもなく、ただ、ワイワイ、おしゃべりをする。そうしたプラザのような家でもありたい。

 

帰り着く場としての住まい。まわりの人を引き寄せる住まい。どちらも魅力的だし、どの家も、両方の要素を持っているのだろう。

 

それでも、比重の違いというものはある。わが家は、はたして、港要素が大きいのか、広場要素が大きいのかを振り返ってみよう。

 

もちろん、住んでいる人の性格や雰囲気によって、家のあり方も変わってくる。静けさと平穏を好むのか、社交性と賑やかさを求めるのか。あるいは、同じ人であっても、心境の変化ということも起こりうる。

 

住めば都も、遷都する。「通勤地獄からは解放されて、家にいることが多くなった。もっと人が集まりやすいところに引っ越ししたい」と思われるあなたは、目の前に大公園や川があって、桜の季節にはみんながやってきたくなる家などはお似合いだろう。

 

「子供も育ち遠くの大学に通うようになった。夫婦二人、静かな時間を持ちたい」と考えるなら、超高層の住まいも向いている。街に出ると、遠方からもランドマークとして望めるので、「あそこがわが家だ」といつでも感じられる。いわば、天上の港といったイメージだ。

 

最近の自分の好みは、港的な家なのか、広場的な家なのか。新しい家を探すときには、人の内面に潜んでいるこうした住まいへの深層意識も大切にしたい。

 

 

 

関沢英彦(文・イラスト)

発想コンサルタント。東京経済大学名誉教授。コピーライターをへて、生活系シンクタンクの立ち上げから所長へ。著書多数。現在、ヤフーニュースなどの個人ブログも執筆中。

https://news.yahoo.co.jp/byline/sekizawahidehiko/

http://ameblo.jp/ideationconsultant/entry-12291077468.html

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